神様に向かう心

こんにちは。FEBCスタッフのよな子と申します。

皆さまは、
祈りって何だろう?
祈りが聞かれるってどういうこと?
願ったとおりにならなかった祈りは聞かれなかったの?
それなら祈りって何の意味があるのだろう?

そんなことを思ったことはありますか?
たぶん、祈ったことのある人の多くが、そう感じたことがあるのではないでしょうか。

ある男性リスナーのかたからいただいたメールを通して、改めて「祈りって何だろう?」と考えさせられたので、ご紹介させてください。
「神様に向かう心」という件名のメールです。

ここ2,3年ガンを患っている友人が
先日亡くなりました。
ガンにかかっていると分かって以来
ずーと祈っていましたが、
聞かれませんでした。

 

こちらの祈りが聞かれる
とは限らないことは承知していましたが、
現実に友人が亡くなると、
祈りとはなんなのか改めて問いかけています。

神様は無限の恵みを与えてくださると牧師は言われますが、
目の前に不幸があると、その言葉もむなしく感じられ、
神は自分にとって必要なのか自問しています。
神の恵みの実感がないことや、
祈りが聞かれない現実を見ると
日本にクリスチャンが育たない事もうなずける気がします。

クリスチャンをやめる気はありませんが、
祈りが聞かれない時も失望することなく、
神様との確かな絆を確信できるものを求めています。

天に召されたご友人を神様におゆだねし、
悲しみの中にあるあなた様、またご家族に慰めをお祈り致します。

あなた様はずっと祈り続けていらしたのですね。
ご友人を亡くされた悲しみ、
そして、あんなに祈り続けたのに聞かれなかった祈り。
祈り続けてきたことはいったい何だったのか・・・

祈ったとおりになるとは限らないことは知ってはいても、
実際に大切なご友人が亡くなられた現実の重さの前には
どんな説明も空しく感じられることと思います。
祈りとはなんなのかと問わずにはおれなくなりますよね。

そのお心のまま、どうか神様に向かうことができますように。
このメールの件名にお書きくださった、
神様に向かう心、それがもう祈りだと思います。
今の正直なあなた様のお心を書いてくださったこのメールが、
そのままあなた様の、神様に向かう心だと思います。
今、牧師の言葉も空しく感じられるあなた様のまま
神は必要なのかと自問するあなた様のまま
神の恵みの実感がないあなた様のまま
神様に向かうこと。
それがあなた様の祈りだと思います。

イエス様も、そのように祈ったのではないでしょうか。
地に突っ伏し、血の汗を流して、「この盃を取りのけて欲しい」と。
祈りの答えが見えない、御心がわからないまま、「御心のままに」と。
醜く無残な十字架で、「わが神、わが神、なぜわたしをお見捨てに」と。
そのようにして私たちとひとつとなってくださいました。
清く美しい心ではなく、失望し空しく不信仰な心、
私たちの最も弱く罪深い心と、
イエス様はひとつとなってくださったのですね。

だから私たちも、きれいなまとまった祈りではなくて、
わからないまま叫んで、訴えて、
神様に向かって心を注ぐことができますように。
そこであなた様と本当にひとつとなってくださったイエス様と出会えますように。

 

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