罪が赦されるとは?

罪が赦されるって一体どういうこと?
過去に犯した過ちのことや、そのために傷つけてしまった人たちのことを思っても、もう心が痛まなくなること?

もしかすると私は、そうなりたいと思っているのかも…
でも赦されるって、果たしてそういうことなのだろうか?

今日の「恵子の郵便ポスト」を聴いて、そういうこととは少し違うのではないか?と思いました。
それなら、赦されるとは何なのでしょう?

イエス・キリストの十字架

赦されることを知る道は、ここにしかないのだと思います。
なぜなら、罪とは神との関係で生じるものだから…

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“罪が赦されるとは?” への4件の返信

  1. 匿名希望

    この日のお便りは、私がお送りしたものです。
    ご意見ありがとうございました。
    私は霊的指導者が周りにおりませんので、いつもイエス様に今の気持ちを話しています。
    「心にある不平不満もすべて言葉を選ばず、ありのままに打ち明けてみる。
    そして十分にぶつけたと思ったら、沈黙の内にイエス様の声を聴く。聴こうとする。
    もちろん実際に声が聴こえるわけではないけれど、イエス様の気持ち、イエス様なら何と
    仰るだろう?を聴こうとする・・・こうした孤独の祈りの中で心が整えられて自然に答えが見つかる」・・・と、ある司教様に教えて頂きました。
    それ以来、仕事帰りに御聖堂でお祈りしています。時には口汚く罵ることもありますが、
    「私」優先の思いから少し離れてることが出来たのではないかと、
    そう思えるようになってきました。
    イエス様の声は、まだ聴こえません。私の心が、まだその状態では無いのかもしれませんね(^^;
    誰にでも人には話せない大きな罪を、抱えて生きていると思います。
    その罪に押しつぶされて苦しむ私の様な弱い人も、沢山いらっしゃるかと思います。
    上から目線の信者ではなく、私の様に弱い人に寄り添えるキリスト者でありたいと
    思います・・・

  2. タクさん

    大主 百合子 様   初めまして     貴女様のコメントを拝読 しました。 そして [信 は 力 なり] 私は、そう 思いました。でも 現実 は 如何 でしょうか 訳のわからない 怪しげな 宗教 に マインド コントロール されたり…… 世の中 わからない ですね ?? キリスト教会だって クリスチャン だって、聖書の こと を 知らない 聖書を 読まない、ただ 古株 だと 思って 威張って いる そう いう人 だって いる のが 現実 の ようで、求道者 の 方々 も 嫌気が さして キリスト教会 から 離れ られた 方々 も 少なく ない ようですね。 困った もん ですね~。 

  3. 大主 百合子

    聖書にはどんな罪でも赦されるとあります。罪を赦されても、時に揺れ動く心は罪の自覚が大きければ大きいほどあるのかもしれません。たぶん、それは自分自身がその罪によって大きく傷ついている
    からでは・・・と思います。罪の赦しと癒しを同時に受けることもありますが、ゆっくりと、神の時の中で
    薄紙をはがすように癒されていくと信じています。自分を責めることは大きな罪でもあります。
    神の前に、正直に言葉に出して聞いていただく。そして、信頼できる人に聞いて頂き、共に祈って頂くことが大切だと思います。プロテスタントではありませんが、カトリックの告解はその力があると思います。人の生死に関わる・・・と言われますが、命は主のものです。1月に娘を突然死で召されましたが、晴佐久神父の説教にアーメンと応えました。感情は大切ですが、御言に聴いて欲しいと願います。

  4. marie

    私も、本当に酷い罪を犯した人間です。
    「私は神さまから赦されたのだ!」と喜びをかみしめた時も確かにありました。
    しかし、いまだに「あんな酷い罪なのに、本当に神様は赦して下さったのかな?」と疑ったり、
    「『赦された』なんて思ってはいけない!」と自分を責めたり、心が揺れ動くことがたくさんあります。

    そのたびに「主よ憐れみ給え」「主よ憐れんで下さい」と心の中で繰り返しています。
    他に言葉が見つからなくて。

    放送を聴いて、私たちが、神さまに赦されていることを信じられずに苦しんでいる時も、
    神さまは、私たちをしっかりと抱きしめ「赦し続けて」下さっているんだ、と強く感じました。
    これからも、罪の記憶に苛まれる時は、やはり「主よ憐れみ給え」と祈ってしまうでしょう。
    でも、同時に「それでも、神さまはこんな私を赦して下さっている」ということを、思い出したいです。

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