「エロイ、エロイ、レマ、サバクタニ。」

もし目の前に困っている人がいて、自分の助けを必要としていたら、自分にできうる限り助けたいと思います。
でも、助けることができない、どうしたらいいのかわからず、ただ「なぜ・・・」と言うほかないことがあります。
「こうしてください」とか「助けてください」という祈りが虚しく感じられる時があります。

「エロイ、エロイ、レマ、サバクタニ。」

キリストが十字架の上で叫ばれたこの呻き、
言いようのない虚無の中で、成すすべもなく、
「わが神、わが神、なぜわたしをお見捨てになったのですか」と。

すべての祈りが虚しくなったところで、
この神の祈りだけが、私たちの唯一の祈りなのかもしれません。
「エロイ、エロイ、レマ、サバクタニ。」

川上直哉先生は、「私たちの祈りが神の祈りに、神の祈りが私たちの祈りになる」と語られます。
それは「無力の祈り」だと。

光が見えない中で、この神の祈りが私の祈りになるまで、無力に祈り続けたいと願います。
「エロイ、エロイ、レマ、サバクタニ。」


Per Crucem ad Lucem―十字架を通って光へ―
川上直哉氏(日本基督教団仙台北三番丁教会担任教師)
お相手:長倉崇宣
毎週水曜更新

第4回「祈り―その底力を知らされて」

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