この信仰はあなたの一生涯のこと

キリスト教に触れ、関心を持ち、聖書を手にしたきっかけやいきさつは人それぞれだと思いますが、
今回の「恵子の郵便ポスト」でご紹介しているお便りをくださった女子高校生は、すごい!の一言に尽きるというか、こういうことがあるんだ!と、本当にびっくりしました。

春休みに『塩狩峠』を読んだのがきっかけで、初めて手にした聖書。
その言葉に心打たれ、罪を悔い改めて、クリスチャンになりたいと・・・
でも、どうしても教会に行くことのできない事情が・・・

それでも、なんとかクリスチャンでありたいというこのかたの真っ直ぐさ。
神様に、私をクリスチャンだと認めてほしいというひたむきさ。

お便りの中に「私にもできる信仰の形」という言葉がありましたが、
この真っ直ぐさ、ひたむきさ自体が、もうこのかたの信仰だと思い、
神様がどうかこの信仰をお守りくださいますようにと祈らずにはおれません。

そして、このかたへの声のお返事
「この信仰は、今日明日の事のためじゃなくて、あなたの一生涯の事柄、いえ、死んで後のことにも続く事柄…」
という言葉が、とても新鮮に響きました。

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“この信仰はあなたの一生涯のこと” への4件の返信

  1. Sana

    今回の話を投稿した者です。
    コメントをくださったお二方、恵子さんありがとうございます。恵子さんのお話を聞いているとき、涙が溢れて止まらなくなってしまいました。神様が私を愛してくださっていること、また私が信じることで家族もともに救われること。全ての言葉が私の心に深く響いて、自信とより強い信仰心をもたらしてくれたような気がします。

    コメントをくださったお二方、私と同じような方々が他にもいるということを知って、私は勇気がでました。コメントを読んで、お二方とも教会には行けなくとも、本当に神を信じ、愛していらっしゃるのだなあと感じました。

    お二方と恵子さん、またFEBCの方々にたくさんの優しさと勇気をもらいました。今、私は、自信をもって自らはクリスチャンであると言うことができます!(*´∇`*)

    最後に、全ての人のためにお祈りさせてください。
    天の父なる神さま、あなたの慈しみとお導きに感謝いたします。どうか、私とおなじように苦しむ友を導き、お救いください。全ての人の上に主の祝福がありますように
    主イエスキリストの御名によってお祈りいたします。

    • 私は理系ですが

      Sanaさん、はじめまして。
      今、一番うれしい時だと思います。その思いがこちらまで伝わってきて、一緒にうれしくなってしまう感じです。
      どうぞ、この時の新鮮で喜びに満ちた思い、ずっと持ち続けてくださいね。

      さて、私は51歳のおじさんです。
      私にも、Sanaさんのように喜びに満ちた時が過去何回かありました。

      私が初めてイエス様に出会ったのは小学4年生の時で、巡回伝道されていた宣教師よりイエス様の映画を見せられた時でした。
      その後、小学6年生の誕生日に当時流行っていた海外放送を聞くという趣味(当時の用語でBCLと言いました。wikipedia参照)に目覚め、両親から大きなデジタルチューナーラジオを買ってもらったことがきっかけで、このキリスト教ラジオ放送のひとつでありましたFEBCとも出会わせていただきました。
      私がイエス様を本気で求めるようになったのは、中学2年の時でFEBCの番組の中で話された子供の証しでした。
      また、FEBCから紹介されたキリスト教会にも中学の時は行きましたが、高校生になると部活とか勉強が忙しくなり教会からは離れてしまいました。また、大学で地元を離れたこともあり、ますます縁遠くなってしまいました(その間もFEBCなどのキリスト教ラジオ放送は聞いていました)。

      大学3年の秋、ラジオ番組を通して親しくなった牧師先生が下宿近くの教会で特別集会を持つと連絡をもらい、その教会へ初めて行きました。
      下宿近くの教会は2つあり、正直どちらに行ったほうが良いのか迷っていましたので、教会を決めるきっかけにもなりました。
      初めてイエス様に出会ったのが10歳の時でそれから10年以上も経過していたこともあって、その時、なんかこの機会を逃すと受洗ができなくなるような気もして、その時に決心させていただきました。この教会は私の母教会(本籍地のようなもの)になります。
       
      受洗したときは、緊張もあって何が変わるのか半信半疑でした。しかし、その後、徐々に喜びがあふれてきて、その年のクリスマスは本当にうれしかった。なんか今まで宙ぶらりんだった自分が神様、イエス様にしっかりつながったように感じることができて。クリスマス礼拝の何時間も前から教会に来てしまい、うれしくてしょうがないという感じだったことを今でも覚えています。

      しかし、自分にとってはそれがあんまり長く続かなかった。
      大学卒業後、地元に帰ってくると、母教会と同じ系列(教派)の地元の教会も紹介されて行ってみたけれど縁遠くなってしまった。
      やがて、仕事も忙しくなると心(魂)の渇きを感じるようになって、どこかの教会に属して魂の渇きをいやしたいと思った。
      そうしたら、なんと、母教会に導いてくれた牧師が今の地元近くの教会で特別集会をするというではないか!
      いや、偶然といえばそうなのかもしれないが偶然にしては出来過ぎた話で、もうこれは神様に導かれているとしか言えないことなんだろうと思った。
      地元の教会も初めはなんか馬が合わないというか生え抜きの信徒の方と喧嘩したりして他の教会へ浮気したりもしたけど、結局戻ってきた。神様が指定したこの教会を否定できるほど、私も強くないぞ、と。

      で、何が言いたいかというと、毎日の生活で何も変わっていないようなことでも、結局、天の父なる神様は私たち人間の思いが到底及ばないような知らないところでちゃんと働いていてくださって、私たちを良いところに導いてくださるんだ、ということ。

      まだSanaさんは高校生なんだし、これから就職して親元離れて教会へ行くチャンスも出てくるかもしれないし、いやいやパウロのようにキリスト教を迫害(反対)していた親御さんがひょんなことから教会へ行くなんていうこともないわけではないと思うわけで。
       
      ほんと、人生何があるかはわからない。けれど、イエス様を信じて救われた私たちは全世界を敵に回したとしても一人のお方だけは絶対に裏切らないで守ってくれる。こんな頼もしいことはない。これはホント恵み。
      今にして思うと、神様を知らずに生きていたら、自分は死んでたかもしれない、などと思うくらい。

      ちょっと取り留めない文章になってしまいましたが、そんな神様にこれからずっと一生涯、寄り頼んでいきましょう。
      これからもずっと、祝福と恵み、そして上からの支えが豊かにあるように祈ります。

  2. 西沢 歩美

    こんばんは。
    はじめまして。
    今日の放送を聞いて、ちょっぴり救われた者です。
    アタシは、クリスチャンではないですが、上の子が生まれるまで教会に通い、洗礼準備会で学んでいて、洗礼直前で子供が生まれ、あれよと二人目も出産して、その後はなかなか教会にも行きづらく、信仰を持っているのかわからない状態になり、今日に至ります。
    最近は、仕事を初めたので、休憩中に聖書を読んだり、FEBCの放送を聞いたりしているくらいです。

    小さい子がいるので、なかなか教会に通うことも出来ず、せっかく洗礼という節目を与えられる寸前だったのにと、とても苦しい日々を過ごしていた中で、今日の放送にであいました。
    無教会主義という事を知り、教会に行かなくても神様を信じていいことをきけで、なんだかホッとしました。
    ありがとうございました。

  3. ryuka

    〜女子高生の方へ〜
    イエス様に出会われたのですね。信仰が与えられ、また救われた方が増えました!!
    本当におめでとうございます(*´꒳`*)
    私も教会には行けずに、それでもイエス様は私にも目を留めてくださり、イエス様と出会った
    もうすぐ45才のおばさんです(笑)
    放送を聴いて、涙が出てきました。
    私はまだ「使徒の働き」(新改訳)を所々しか読んだことがなく、パウロが「家族も救われる」と言っているのを知らなかったのですが、家族も救っていただけるのですね!!
    世界中で今日も一人、また一人とイエス様と出会われていることを、知ることができて、本っ当ーに嬉しいです(*≧∀≦*)
    お友達にクリスチャンがおられるとのことですし、教会に行けなくてもイエス様が必ず正しく導いてくださいますから、安心して信仰生活を送ってくださいね(╹◡╹)
    あなた様と共にイエス様と歩む者より( ´∀`)

    あまりにも嬉しくて、顔文字を多用してしまいました(^_^;)
    お赦しくださいませm(_ _)m

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