いなごのチームワーク

いなごってよく旧約聖書に出てきますよね。
出エジプト記でも穀物を食い荒らす天災の一つとして現れて、
今回のヨエル書でも、食いつくす存在として出てきます。

さて、聖書のいなごは正確にいえば、
いなごではなく、種類としてはバッタらしいんです。
分類学的にあらわせば、

・バッタはバッタ目のバッタ科
・いなごはバッタ目のいなご科

とのこと…。

素人からすると、これってほぼ一緒って事じゃないの?
と思ってしまいますが、どうなんでしょうね。
あんまり馴染みの無い私が「いなご」でとりあえず想像するのは、
空を黒一色に染めるような空飛ぶ虫の群れの姿です。

それこそ、何もかもを飲み込む、数の暴力の象徴として
書かれているようなイメージ。。。

さて、少し笑ってしまったのは、
ここ、ヨエル書の1章4節でした。

「かみ食らういなごの残したものを移住するいなごが食らい
移住するいなごの残したものを若いいなごが食らい
若いいなごの残したものを食い荒らすいなごが食らった。」

どことなく、いなご達に「チームワーク」を感じません?
漫画やら教科書にもこういうお話がありますよね。
弱くて小さな群れが団結して、強くて大きな敵をやっつけるという。
私はそういう話が大好きで、「スイミー」はお気に入りでした。

けれども、今回、いなごにやっつけられてしまうのは、
皮肉にも、そんな助け合いの夢を描く人間たちの方なんですよねえ。
今まであんまりそういう事を考えてもみませんでした。

しかし、思い返せば、聖書ってバベルの塔の記事からずーっと、
「人間同士が結託してもよい結果は産まない」って、
そういう事を書き続けているような…。

そういう厳しい響きは意外な感じもしますけど、
聖書はとても冷静に世の中を見ている、というような気がします。
最大多数の共感を得ることが、果たして、一番ベストなのだろうか。
そんな事をニュースを観ていても思います。

「互いに愛し合いなさい」と聖書には書いてあります。
だけど、大事なものを見失うと、私の教会のフレンドリーな交わりですらも、
ふとすると、それを食い荒らすいなごの群れと紙一重なのかもって結構思うんですよね。
「愛」って簡単じゃないなって思います。

(新人N)


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