丈夫な人に医者はいらない

「神様を本当に礼拝するということは、人を愛することにつながらなければならない。」

いま放送中の日本基督教団久万教会の礼拝説教を聴いていて、この一言に思わず立ち止まってしまいました。
私は毎週神様を礼拝しているはずだけれど、果たしてそれが人を愛することにつながっているだろうか・・・

小島先生はさらに続けてこう言われます。

「あの人たちはダメな人たちだ、この人たちはとても受け入れられないと言って、礼拝が、他の人間を差別したり排除したりすることにつながるとするならば、それはまったく神を礼拝することにならないのです。」

逆に言えば、礼拝が人を差別し排除することにつながってしまっている、そういう現実があるということですよね。

実はしばらく前にリスナーのかたから、牧師に「成長する気がないなら迷惑なので別の教会に行ってください」と言われたというお便りをいただきました。
そのお便りには「地獄に落ちる恐怖から礼拝を欠かさないように頑張っています」とも書かれていました。

イエス様は言われました。「医者を必要とするのは、丈夫な人ではなく病人である。」
小島先生はこの言葉を引用して、こう語っています。

「丈夫な人に医者はいらない。」これは強烈な皮肉です。
神様は、自分は正しいと自負している人間とは無関係だと言われたんです。

「成長する気がないなら迷惑なので別の教会に行ってください」と言い放った牧師は「丈夫な人」なのでしょう。
いえ、私自身、「丈夫な人」にならなければ!と思ってはいないだろうか・・・。

イエス様は「わたしが来たのは、正しい人を招くためではなく、罪人を招くため」と。

 

小島先生の説教はさらにこう続きます。
罪人が神に抱き寄せられる。
これ以外に神様と私たちとの関係はありえません。
私たちは罪人ですから、神様に出会うんです。

教会の「丈夫な人」によって、差別され排除されたすべてのかたに
そして「丈夫な人」になろうとしてしまうすべての者に
語られている福音だと思いました。


小島誠志氏「全地よ主をほめたたえよ」日曜礼拝番組 全地よ主をほめたたえよ
日本基督教団久万教会
説教:小島誠志
毎月第二日曜日更新

「医者を必要とするのは丈夫な人ではなく病人」

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“丈夫な人に医者はいらない” への3件の返信

  1. 匿名

    「成長しない人は教会にはいらない」なんて発言をする牧師先生って一体…。
    そんな教会なんて行きたくありません。

  2. 三宮直樹

    イエス・キリストは医師中の医師、看護師中の看護師。
    心病む者の導き手、解放者、頼りとなる方。
    心の病は忌むべきものだが、それで神に出会った。
    この世界でひっそり日陰の人生を歩む身だが、心の清い
    仲間に恵まれて、世の中の嵐にさらされず生きている。
    守られていることを感謝する。

  3. のりぴい

    今朝FEBCのホームページを見て、カキコを思いたちました。
    同時にビデオに取っていたテレビドラマにも同じ思いで見ました。
    イエスが来たのは人間全員が罪人だからですね。
    同時に、「神仏を尊び、神仏に頼まず」という古来の言葉を思い出ました。
    更なる励ましをもらった気がしました。

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