誠実な憎しみ

その信仰の歩みから、今の世にも絶大な影響を与えつづけている、宗教改革者マルチン・ルター。
しかし、かつての彼は「神を愛せなかった。いや、憎んでさえいた。」というのです。

それは、自分でいくら正しく生きようと努力しても、どうにもならなかった絶望であり、
そのような過大な要求をする神への怒りでした。
「哀れな永遠に失われた罪人を、罪のゆえに十戒によってあらゆる種類の災いで圧迫するだけでは、
神は満足なさらないのだろうか。私の心は激しく動き、良心は混乱していた。」

そうルターは述懐しています。

今の私達は、これを聴いてどう思うでしょうか。

「愛なる神様は、そんな事はなされない。」
「十字架が私達の罪を消し去ってくださったじゃないか。」

私の脳裏にはそんな言葉がすぐに浮かんできました。
でも、そういう言葉はルター自身何度も聴いて、
何度も自分にくりかえし言い聞かせていた事だと思うのです。

しかし彼は、そこで決して安易に、
自分の中で答えを出すことはしなかった。できなかった。
悩みに悩んで、また聖書と祈りから、ルターは「福音の再発見」をしていきます。

挫折があるかもしれない。失敗があるかもしれない。
でも、信じる事を、思い込む事とすりかえないで生きてゆく。
そして、そういう所でこそ、私達一人ひとりも主と出会ってゆくのではないでしょうか。
ルターの誠実さを通して、私達もその恵みに与っていきたい。そのように思います。


マルチン・ルターの生涯と信仰
徳善義和(ルーテル学院大学名誉教授)
毎月第2金曜日更新

第2回「福音の再発見」

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誠実な憎しみ” への1件の返信

  1. korin

    宗教改革から500年経つのですね。 徳善先生のお話は初心者の私にもとてもわかり易いです。 やはり聖書を読むという事が大切なのですね。 再放送して下さり、ありがとうございます。(^^)

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