不思議なたとえ話

福音書にはイエス様のなさったたとえ話がたくさん出てきますが、時々「なんじゃこりゃ?」と思うような話があります。
ルカによる福音書11章24節以下に書かれているたとえ話も、そんな不思議な話のひとつです。

汚れた霊が人から出ていき、また戻ってくると、きれいに掃除されて整えられていたものだから、自分より悪い他の霊まで連れて来て住みつくようになり、その人の状態は前よりも悪くなる、という話なのです。

きれいに掃除して整えたので、悪霊が寄りつかなくなったというならわかります。
でも、もっと悪い霊まで住みつくようになったなんて・・・。

今回の「どこへでも、どこまでも」はこの箇所からのお話です。
正直に言うと、井幡先生のお話を聞いても「なるほど!合点!」とはいきませんでした。
ただ、自分にも思い当たることがあるなあと思ったのです。

自分に都合の悪いことが起きたり、腹の立つことがあったり、理不尽なことを言われたり、
そういうことは日常よくあることです。
そのたびに心が乱れ、そういう出来事や人の態度や言葉に振り回されます。
「これじゃあダメだ」とは思うのですが・・・。

でもイエス様は「そんなんじゃダメだ」とおっしゃるのではないのですね。
そうではなくて、「ここにわたしがいる」と。
私の弱さ、ずるさ、傷ついた心・・・全部知りながら、いつも「ここにわたしがいる」と離れずにいてくださる。
このおかたがいなければ、私は現実から逃げてばかりで、とても向き合うことなんてできません。
このおかたがいるから、自分を振り回す様々なことから目や耳をふさがず、受けとめる勇気が与えられる。
だから、このイエス様を見出すために、今日も御言葉に耳を傾けて生きたいと思いました。


どこへでも、どこまでも―ルカによる福音書
井幡清志(日本基督教団石動教会牧師)
毎週木曜日更新

第88回「目や耳をふさがず受け止められる幸い」

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