キリスト者の終活

先日、取材で伺った教会で、礼拝後の報告の時間に「エンディングノートの提出期限が今月までになっています。まだのかたはお早めに」というアナウンスがされていました。
どうやら65歳以上の方々が、自分の身に何かあって意思疎通ができない状態になった際はどのようにして欲しいかや、亡くなったときに連絡すべき人のリスト、葬儀のこと、お墓のこと、遺産のことなど、本人の意思を記したものを事前に教会に預けておくということらしいのです。
いわゆる「終活」の一環ですね。

そういう準備は、遺された人が困ることがないためにも大切だなあと思います。
それに、最期に本人の望む形でお見送りできることは、遺族にとって深い慰めになるでしょうね。

でも実際には、すべての人がしっかり終活をしてから死を迎えられるというわけではなくて、ある日突然思いがけず死を迎えるかた、若くしてなくなるかたもいらっしゃいます。
そもそも終活イコール「死に備える」ということなのか・・・?と考えると、それはまた少し違うような気もします。

死とは、そして葬儀とは、どのような時なのか?
キリストの福音は、死と葬儀の意味をどのように伝えているのか?

それを見つめることが、キリスト者の終活と言えるのではないでしょうか。

人間的な配慮を越えて、教会が大切にし続けてきたその眼差しから死と葬儀を学ぶ特別番組、ぜひお聴きください。

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FEBC特別番組
「死、それは祝宴の時―カトリック教会の死生観と葬儀理解」
小田武彦(カトリック大阪教区司祭、聖マリアンナ医科大学特任教授)

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本当に大切なことだからこそ、一人でも多くの方にお聴きいただきたいと願っています。
プレゼントや教会での学びにもぜひお用いください。
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