ありのままにクリスマス

もうすぐクリスマスですね。
それは、キリスト者に限らず、多くの人にとって喜びの時となる日。
しかし、残念ながら全ての人が必ずしもこの日を
楽しく迎えるわけではありません。

1542年のクリスマス。徳善先生のお話によれば、
マルチン・ルターは家族で揃ってクリスマスの讃美
『空の上から私は来ました』を歌うことが出来なかったのだそうです。
長女のマグダレーナが13歳で御許に召されてしまったからです。

私がルターの立場だったのなら、
とても、クリスマスを祝う気になどなれないでしょう…
みんなが笑顔であることに痛みをすら
おぼえるかもしれません。

なぜ、私だけが…
きっとその暗い気持ちに押しつぶされます。

しかし、それでもルターは涙ながらに御子をお迎えしたのではないか、と、
徳善先生はおっしゃるのですね。
そして、『天からみ使いの群れが来て』
という新しい讃美を同年に作りさえしたのだと。

それは、信仰で悲しみを乗り越えただとか、
復活の希望を抱いているから平気だとか
きっとそんな強がりによるものでは無いと思うのです。

むしろ、悲しいし、苦しいからこそ、
ここに御子が来て下さった。
御子イエスがそのこころに飛び込んで下さった。
その慰めをこそ、彼は受けたのではないでしょうか。

クリスマスを大いに祝いつつ、
しかし、悲しい時には、大いに悲しみたい。
そして御子のお産まれをこころから喜びたいのです。

偽らず、ありのままの自分で。
ありのままの、クリスマスを。


マルチン・ルターの生涯と信仰
徳善義和(ルーテル学院大学名誉教授)
毎月第2金曜日
第9回「ルターの家庭−ルターとクリスマス−」

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