これは本当か?

FEBCスタッフのよな子です。
もうすぐ今年も終わりですが、皆さま、通読の進み具合はいかがでしょうか?年内に読み終わりそうですか?
ラストスパート!と駆け足読みをしそうになりますけれど、読み終わること自体が目的というわけでもないのですよね。
クリスマスを前にした今、立ち止まって思い巡らしながら読むことができたら・・・と思います。
読みながら「ん???」とひっかかりを覚えることも、実は恵みへの入口なのかもしれません。

でもその入口は、どこへ出るかわからない・・・というか、出られるかどうかもわからない入口。
だから、入るのを躊躇してしまったり、「今は時間も余裕もないからまた今度」なんて言ってUターンしてしまうことも結構あるなあと思います。
要するに、ひっかかりを覚えてもそれ以上深く問うたり思い巡らしたりせずに読み過ごしてしまうのです。

でも、先日リスナーのかたがお寄せくださった‘ひっかかり’にすごく共感を覚えて、思わず私も一緒にひっかかってみたんです。
まずはそのお便りをご紹介しますね。ムーさんとお呼びさせていただきます。

私はよく、これは本当か?と思ってしまいます。
マタイ福音書21章31節でイエス様は言っています。
「徴税人や娼婦たちの方が、あなたたちより先に神の国に入るだろう。なぜなら、ヨハネが来て義の道を示したのに、あなたたちは彼を信ぜず、徴税人や娼婦たちは信じたからだ。」
でも、これは徴税人や娼婦を悔い改めてやめた人のことだと私は思ってしまいます。
食べていくためには、徴税人や娼婦をやめられない人もいます。
そんな人も神様は赦してくださり、救ってくださるのでしょうか。
私も、こんなことをしてはダメだと思っても、つい誘惑に負け、罪なことをしてしまいます。
そんな人も救われるのでしょうか。
その点が一番心配なことです。

確かにムーさんのお書きのとおり、イエス様に赦された後も、生活のために徴税人や娼婦をやめるわけにいかなかった人もきっといただろうし、もしかしたらほとんどがそうだったかもしれないですよね。
だとしたら、ほとんどの人は救われなかったということになっちゃうのでしょうか???

そう思いながら改めてこのイエス様の言葉を読んでいて、あれ?と思ったんです。
徴税人や娼婦をやめた人なら、もはや徴税人や娼婦とは呼ばないのでは?「元徴税人」とか「昔は娼婦だった人」とか・・・。
だけどイエス様は「徴税人や娼婦が神の国に入る」「徴税人や娼婦は信じた」って二度もおっしゃっているのですよね。

でも、ムーさんが「これは本当か?」と思うのもすごくわかるのです。
だって、悪いことをやめられなくても救われるなんて、そんな甘いことがあっていいはずないし、やっぱり悪いことをやめた人が救われることにしなければ筋が通りません。

だけど・・・

私自身のことを考えると、なんとも言えない気持ちになります。
ダメだと思ってもやってしまうこと、気づかずにやってしまうこと、やってはいなくても心に湧き起こる汚い思い・・・
毎日毎日罪を犯しながら生きているなあと・・・

しかも私の場合それは、生活のためにやめるわけにいかない罪というわけではないのです。
徴税人や娼婦たちのほうが遥かにマシではないか?と思えてきます。

そんなふうに、罪をやめることができない自分、
それなのに、やめられなくても救われるなんて甘い!と思ってしまう自分、
ものすごく矛盾してます。

「この矛盾した自分をいったいどうしたらいいのでしょうかイエス様!」
そう思いながら、もう一度、ムーさんの書いてくださったイエス様の言葉を読んでみました。
そうしたら、思いがけず新しい響きが聴こえてきたんです。

これは、徴税人や娼婦がやめなくても救われるかどうか?という話ではなくて、イエス様の決意表明なのでは?
罪からどうにも抜け出せなくなっている惨めな徴税人や娼婦、そして私たちを、イエス様は「絶対に救う」と決めておられたのでは?

だとしたら・・・

罪をやめられなくても救われるなんて甘い!と思っていたけれど、ぜんぜん甘い話なんかじゃないです。
イエス様は、「まあ、やめられないならしょうがないね」と救ってくれたのではなくて、
「父よ、彼らをお赦しください。彼らは自分が何をしているのか知らないのです」と言って、
この矛盾した、罪の泥沼にはまり込んだ私に代わって、神から捨てられてくださったのだから。

徴税人や娼婦たちはやめることができたのかどうか?
私は罪をやめることができるのかどうか?

いくらそう問い続けても、その先に救いはないような気がします。
ただ、このどうにもならない罪人を救うと、イエス様が決意して十字架についてくださった。
そこにだけ、私たちの救いがあるのですね。

「こんなことをしてはダメだと思っても、罪なことをしてしまう、そんな人も救われるのか、それが一番心配・・・」
ムーさんはそうお書きくださいました。
私もムーさんと同じです。
そのまま、罪なことをしてしまうまま、救われるのか心配なまま、イエス様を呼び求めましょう。
「徴税人や娼婦が神の国に入る」「ムーさんやよな子が神の国に入る」
そうおっしゃるイエス様を。

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