呼び止め、遮る声

「喜ぶ者と共に喜び、泣く者と共に泣きなさい。」ローマ12章15節

今回「聖書をあなたに―ローマ人への手紙」で読まれている、この有名な言葉。
こうありたいものだと、「理想の生き方」として掲げるまではいいのですが・・・

実際この通りに生きようとすると、たちまち挫折するのです。
加藤常昭先生も「誰もが望むけれど、こんなにできないことはない」とおっしゃっていて、大きくうなずいてしまいました。

先生は、この手紙を書いたパウロだって、それはわかっていたはずだとおっしゃいます。
それなのにどうして「喜ぶ者と共に喜び、泣く者と共に泣きなさい」と言うことができたのか・・・?

その謎を解く鍵は、直前のこの言葉にありました。

「あなたがたを迫害する者を祝福しなさい。祝福して、のろってはならない。 」14節

これまた、とんでもなくハードルの高い言葉です。
でも実はこの言葉、パウロ自身の実体験から出てきた言葉なのだと・・・。

ところで、この「迫害」という言葉の元の意味は「急ぐ」なのだそうです。
そしてこの「急ぐ」という言葉を記した時、パウロには思い起こされる事があったのだと・・・

それは、かつて、急いで急いで毎日を生きていたパウロ自身の姿。
その急ぐ道の途上で、突然、呼び止め、遮る、声を聴いた、あの出来事・・・

「なぜわたしを迫害するのか。わたしは、あなたが迫害しているイエスである。」使徒行伝9章4、5節

私も、毎日を急いで急いで生きているのかもしれません。
その私を、呼び止め、遮る声。

それは、喜ぶ者と共に喜べない私を、のろうのではなく、祝福する声、
共に喜ぶどころか妬む自分を嘆く私と、共に泣く声、
実現不可能な、高いハードルのようなこの御言葉を、
主イエスご自身が私の中へ注ぎ込まれる御言葉にする声です。


加藤常昭(日本基督教団隠退教師、神学者)聖書をあなたに ローマ人への手紙(再)
加藤常昭(日本基督教団隠退教師、神学者)
毎週水曜日更新

第87回「祝福に生かされて」

番組を聴く>>
番組のご感想をお待ちしています>>