「わかりません…」

今回の「恵子の郵便ポスト」で紹介されたお手紙に
私は心動かされました。
聖書通信講座・ティールーム宛のお手紙です。

(ヨハネ10〜12章を読んで)
「イエス様が『私は復活でありいのちである』と、
はっきり道を示してくださった喜びを感じました。
神様はまさしくよい羊飼いであり、神の栄光はイエスの栄光。
神とイエスは一体という事も信じて受け入れられるようになりました。
 
ですが、もう一度、イエス様がラザロを生き返らせた記事を読んでみると、
私の目の前に、大きな重たい岩山が立ちはだかるような感じがしました。
ん?死んだ人が生き返る…???とても考えられない事です。
 
イエスキリストは私たちの救い主ですと、
信じて聖書を読み、教会にも行っているのに。
でもなんとなく素通りしていたのかもしれません。
この大きな岩は全ての思い込みを
捨てなさいということなのかしら?わかりませんが…」

「とても考えられない事です…」「わかりませんが…」
なんと正直な内容でしょうか。
そして、自分だったらこんなに素直に書けるだろうか?
と思ってしまったんです。

だって、「聖書講座」ですからね。
あなたのありのままをお書き下さいね、と言われても、
どこかカッコつけてしまうような気がして。

でも、恵子さんが番組で言われている様に、
「イエス様の事が、わかった!と思った次の瞬間には、もうわからなくなっている。」
というのが私たちの実態であり真実であると思うのです。

十字架がわからない。
復活がわからない。
主イエスがわからない。

本質的には何もわからない私たち…

でも…だからこそゆるされているのだと思いました。
恥ずかしがること無く、引け目に感じる事も無く、
「私には何もわかりません。イエス様、新しく教えて下さい!」
と堂々祈る事が。こころから神様に寄りすがる事が。

わからなくてもいい。
むしろ、わからないからいい。

キリスト者の歩みって、何かを獲得してゆく宗教ではなくて、
主イエスと関わっていく生き方そのものなんだなあ…
って改めて思わされています。

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