恐れずに立ち尽くす

「神が問われる―私たちの対話的教義学講座」
いよいよ今回が最終回です。
そして、サブタイトルは「恐れずに立ち尽くす」。
恐れて立ち尽くすのならわかるけど…
これはどういう意味なのか、わかります?

石居先生は、一般の大学で宗教学の講師をなされたご経験があるそうです。
そして講義後、こんな質問を受けたのだとか。
「先生みたいに信仰について考えている方が、何故宗教を信じているんですか?」と。

聴いていて、私は戸惑いました。

これはつまり、
その質問者の方にとって、「宗教を信じる」とは
考えたり、問うことの正反対の、「思考停止」
だと思われていたという事なんですね…

ああ、そういうふうに思われているのか…と感じるところですが、
でも実際の所、もしかしたら私自身も
「信じる」ということを、いつの間にやら陳腐にしてしまって、
単なる「鵜呑み」でしかなくなっている時があるかもな…と強く思わされたんです。

周りや、自分の思いに流されてゆくのではなく、
疑い、問い、考えて、
「恐れずに立ち尽くす」…

信じるということは何か?ということを
改めて考えさせられています。


神が問われる―私たちの対話的教義学講座
石居基夫(日本ルーテル神学校校長)、長倉崇宣
第1金曜更新
「最終回・恐れずに立ち尽くすことー「神学すること」の意味」

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