この「渇き」が神様の恵み

FEBCの無料聖書通信講座「ティールーム」、時々、
「だいぶ前に申込んだきりになっていて・・・また申込んでもいいでしょうか?」
「以前に途中で挫折してしまったのですが、再開できますか?」
といったお便りをいただきます。

もちろん大大大歓迎です!!!
何度挫折しても、何年ブランクがあっても、
「もう一度・・・」と思った今、ぜひお申込みください。

先日も、再開ご希望のうれしいメールをいただきました。
Mさんからです。

以前、聖書通信講座を申し込み、ルカ1〜3章のガイドを頂きました。
しかし、聖書を読むだけなら出来るのですが、それなりに体裁が取れそうな感想が浮かばなくて、お返事出来ませんでした。
昔から、映画でも本でも、感想や意見を求められるのが苦手で。
 
ですが、聖書通信講座はまた再開したいし、感想が浮かばなくて、一言だけだったり、感想が言えない場合「次の章のを下さい」とだけ送っても、下さると大変助かります。
 
最近、孤独感から鬱状態になってます。
そんな風に窮地に立たされてようやくキリストへの渇きが生じるなんて、馬鹿ですね。
この「渇き」が神様の恵み、先日の「恵子の郵便ポスト」でそう聞いて、何だか嬉しくなりました。
今だからこそ、自分にはキリストしかいない、と徐々に実感していきたいです。

とりあえず、今日からルカ1〜3章の講座を再び読み始めます。
これからよろしくお願いいたします。



Mさん、おかえりなさいという気持ちでいっぱいです。
すごく嬉しいです。
聖書通信講座、再開してくださって本当にありがとうございます。

私も、感想とか自分の考えをまとめるのが苦手です。
感想が言えないというMさんのお気持ち、わかるような気がします。
大丈夫です、感想が言えなくてもまったく問題ありません。
「次のガイドください」だけでももちろん大丈夫です。

でも、このお便りに書いてくださったようなことを、これからもお便りくださったらうれしいです。
「聖書の感想」じゃなくて、その時その時のMさんのお気持ちを。

実はこの聖書通信講座、「感想文」や「レポート」ではなくて、
「お便り」のやり取りをしながら聖書をご一緒に読みましょうという講座なんです。
・・と言われても、どこがどう違うんだ?という感じかもしれませんよね。

たとえば、もし誰かからラブレターをもらったり、愛を告白されたら、
それについての感想文やレポートを書こうとは思わないですよね。

聖書って、神様から私たちへの愛だと思うんです。
なかなかそうは受け取れない私たちですけど、
きっとこの愛は、渇いている時にしか染みこんでこないのだと思います。

だから、Mさんに生じたキリストへの渇き、
それは本当に恵みです!
いえ、本当は私たちはいつも渇いているはずなんですけど、
キリストではなくて、別の何かへの渇きが心を占めてしまっていて、
なかなか自分の中にあるキリストへの渇きに気づけないのだと思います。
だから、今キリストに渇いている!って思えること自体が、恵みですね。

そして、そのキリストは、Mさん以上にもっと渇いています。
Mさんを飢え渇くようにして求めています。
このキリストの愛を、聖書を通してご一緒に味わっていくことができますように。

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