こわれた水ため

番組「嘆きに応える神の御言」の中で、
金田先生はこのエレミヤの預言に立ち止まります。

生ける水の源であるわたしを捨てて、自分で水ためを掘った。
それは、こわれた水ためで、水を入れておくことのできないものだ。(エレミヤ2:13)

「水ため」とはもちろん比喩です。
生きるために大切な何かをためておく所。

きっと私たち、そのようなものをいくつか持っているのではないでしょうか。
例えば、ある人にとってはお金でしょうし、
知識や人脈といったものかもしれません。

でも生きていくために私達が頑張って築いたそれは
「こわれている」
とあっさり神様に言われてしまうのですね。

しかも、「わたしを捨てた」上で、と…

番組の中では、そうして神を捨て、こわれた水ために振り回され、
すっかり疲れ果ててしまったかつての金田先生ご自身のお話が赤裸々に語られます。

もちろん、そこからイエス様に引っ張り戻されたときの喜びも!

自分にとっての水ためとは一体何か。
そのことを思い浮かべつつ、ぜひお聞き下さい。


嘆きに応える神の御言
金田聖治(日本キリスト教会上田教会牧師)
毎週水曜日更新

第6回「あなたが主を捨てた」(エレミヤ2:9〜19)

聴取期限11/19

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