年の瀬だからこそ

「ああ、物わかりのわるいガラテヤ人よ。」

このパウロによる強烈な呼びかけで始まるのが、
今回の「ガラテヤ書に学ぶ」の聖書箇所です。
そして小林和夫先生は語ります。
「これは、今日の私たちにも同じことです。」と。

先生のお話はシンプルです。
「主イエスの十字架による救いの他はない」
ひたすらその事に尽きます。
しかし、パウロの時代の約2000年前から
同じテーマの話を聞かされ続けてきたはずであるのに
私達は未だにその道を逸れてしまう…

一体なぜなのでしょうか?
どうして私達は過ちの中に踏み込んでしまうのでしょうか…?

その問いを受けて、今回の先生は私達の陥ってしまう
様々な事態について触れられているわけですが、、、
結局私達に必要とされるのも、ただ一つのことなのですね。

やはり、十字架。

「もちろん、福音書で十字架のことが書かれている記事を読むことも良いでしょう。しかし一方では、もっと深く、私にとって十字架とはどういう意味があるのか、あるいは私はこの十字架に対してどういう生き方をしているかというような、そういう意味での黙想、あるいは自問自答が私たちにあってもいいのではないかと考えています。」

年の瀬の慌ただしい中、一層周りに流されてしまいがちな時だからこそ…
ぜひ立ち止まって、改めて自分の信仰のあり方を見つめ直す時を持ちたいと思います。
決して、十字架を当たり前のものとしないために。


ガラテヤ書に学ぶ
小林和夫(日本ホーリネス教団東京聖書学院教会牧師)
第3・4金曜更新

第5回「救いの源泉としての十字架」(ガラテヤ3:1〜14)

聴取期限1/16

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