死は、復活のための「死」

教会に通う中、「生きる希望」の話はあっても、
「死の希望」を聞くことはあまりないかもしれません。
今回は、生前に病院のチャプレンなどをつとめられた
木村知己先生のお話から、その不思議な希望を聞いていきます。

「死は、復活のための死である。」
 これは、マーラーの『復活』という曲に、繰り返される言葉です。
私たちにとって大切なことの一つは、死が復活のための死であるということです。

よく耳にするようなフレーズのようで…実はこういった言葉を
あまりしっかりと受けとめていなかったかも、と感じました。

例えば「クリスチャンは亡くなったら天国に行くんだよ」
なんてよく言いますけど、死ぬことそのものに意味があるなんて
伝える側の意識にもあまりないですよね。

…要するに、関心があるのは「天国」ばっかり。
死そのものは出来るだけ無視して考えないようにしたいというのが、
私達の正直な気持ちではないでしょうか。

でも、お話を聞いた後ですと、キリスト教が伝える「死の希望」には
そういう「逃げ」がない事を改めて思わされます。

むしろその恐れ深い「死」へと真正面からぶつかっていく様…
それはやはり、イエスが十字架に死に、
しかしそこで、死に打ち勝って復活されたからなのですね。

死が希望である。そして復活の希望である。
その圧倒的な福音を改めて放送からお聞きしたいと思います。


キリスト信仰としての『終活講座』
第五回「死は、復活のための「死」である―終末期医療の現場から」
木村知己(日本基督教団元牧師)
2月7日放送
毎月第一金曜日更新


聴取期限3/5(約60分)

番組のご感想をお待ちしています>>