実はここに「落とし穴」。

みなさま、お元気でしょうか。5月はじめの日曜日は、
日本キリスト教会高知旭教会、青木豊先生による礼拝説教を放送いたします。

「そこで、天の国は次のようにたとえられる。十人のおとめがそれぞれともし火を持って、花婿を迎えに出て行く。そのうちの五人は愚かで、五人は賢かった。愚かなおとめたちは、ともし火は持っていたが、油の用意をしていなかった。賢いおとめたちは、それぞれのともし火と一緒に、壺に油を入れて持っていた。ところが、花婿の来るのが遅れたので、皆眠気がさして眠り込んでしまった。真夜中に『花婿だ。迎えに出なさい』と叫ぶ声がした。そこで、おとめたちは皆起きて、それぞれのともし火を整えた。…用意のできている五人は、花婿と一緒に婚宴の席に入り、戸が閉められた。…だから、目を覚ましていなさい。あなたがたは、その日、その時を知らないのだから。」(マタイ25:1〜13)

先生は、この聖書箇所に不思議な点を見つけました。
「目を覚ましていなさい。」というお話なのに、
賢いおとめも愚かなおとめも寝てしまっているのでは?と。

確かに言われてみればそうですよね。
そして、代わりに問われているものは何か…そう。「油」です。
そして先生はこう言われます。

では、その「油」とは一体何なのでしょうか。愛の行い?信仰?あるいはそれらを生み出す聖霊でしょうか?その通りです。でも、実はここに「落とし穴」がある。

…落とし穴!

ウイルスが広がり、いかにも「終末的」な様相の世界です。
先行きが見えない日々に焦るからこそ、
躍起になって、「目を覚まそう!」と努力したり、
「油を絶やさないようにしよう!」と頑張ったり…
そんな私たちに、一旦立ち止まりなさいと聖書は語るのかもしれません。

私たちは、この状況にどう立ち向かっていけばよいのでしょうか。
どんな希望をイエス様はお語りくださったのでしょうか。
先生のお話を、共に聞いていきたいと願います。


日曜礼拝番組 全地よ、主をほめたたえよ
説教:青木 豊(日本キリスト教会高知旭教会牧師)
「思慮深い人とは」(マラキ3:1〜5、マタイ25:1〜13)
5月3日放送

聴取期限6/6(約60分)
番組のご感想をぜひお寄せください>>