主の名が汚されるゆえに

みなさま、お元気でしょうか。
今回の「神の御前に立ってー十戒の心」では、神様のお名前の不思議について
大住雄一先生が語られています。

預言者を通して、主はこのような事を仰せになりました。イザヤ書の52章6節の言葉ですが、「それで一日中、絶え間なく我が名は汚されている。それゆえ我が民は知る。我が名を、それゆえ、その日に。まことに、私こそそれだ。私はここだ、と語るもの。」イスラエルはその罪のゆえにバビロンに連れ去られたけれども、主の名を以て呼ばれる民であることに変わりはありません。…まさに主の名がイスラエルによってバビロンで汚されているがゆえに、イスラエルの民は主の名を知るのです。

主の名が汚されるゆえに、民がその名を知る!
これの逆ならとってもわかりやすいですよね。
力強い神が、すばらしい神がいる。だから、民は彼を知ると。
でも、そうじゃないんだと聖書は語っているのですね。

何とも受け入れがたさのある言葉ですけれども、
しかし、私たちの現実を見るとリアリティがあるのはやはり前者な気がします。

私たちがイエス様と出会った時はどんな時だったでしょうか。
物事が上手く行って、幸せいっぱいの時というよりも、
むしろ行き詰まりの中で悲しみの中で、
出会われた方が多いのではないでしょうか…

今まさに世界は、「神も仏もあるものか」といった姿を見せています。
私たちもついそんな気持ちになることがあります。
しかしそれでもなお、私たちは「主の名を以て呼ばれる民」、クリスチャンなのですよね…

ぜひ放送から、この特別な恵みに共にふれていきたいと願います。


神の御前に立ってー十戒の心(再)
大住雄一(東京神学大学前学長)
「『わたしは主』主が名のられるとき、そこに主御自らがいます」
5月7日放送

聴取期限5/20(約22分)
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