不条理を共に歩む力―コロナ時代の「なかったことにしない」生き方

コロナウイルス感染拡大を受けての特別番組シリーズ「『時のしるし』を求めて」
今回は、関西学院大学で実践神学を専門にお教えになられている中道基夫牧師にお話を伺っています。

おそらく技術革新というのは、「こういう事が出来るようになりますよ」「こういうことで人と触れなくても自由に買い物も出来ますよ」というような世界を広げてくれる。いわゆる、ポジティブにどう生きるかということかと思うのです。けれども、それだけでは解決しないこのネガティブな問題、つまり解決しようもない問題を、共に担ってくれるのか?その力があるのか?ということが教会に問われているのではないかと思うのです。…それで私は最近詩篇を読んでいます。

お話を聞いていて、「詩篇」がまさかこんなところに出てくるとは思いませんでした。
でも、まさにそこに書いてあることは、神の民が苦しみの歴史を歩んできた中で
ひたすら神様のことをうたったものなのですよね。

確かにコロナなんて無い方が良いですし、元の生活に戻れたらこれほど幸いなことはないと思います。
しかし、全く社会がこのように打ち砕かれてしまった状況。
今の教会もまたこのように詩篇に書かれる神の民のように、
まさにネガティブの渦中だからこそ、感じ取れる光があるのかもしれません。

なかったことにしないからこそ、その先にあるもの。
「解決しようもない問題を共に荷なう」とは一体どういうことなのか。
ぜひ先生のお話からご一緒に考えていきたいと思います。


FEBC特別番組「時のしるし」を求めて
中道基夫(日本基督教団正教師、関西学院大学神学部教授)
聞き手:長倉崇宣

第四回 不条理を共に歩む力―コロナ時代の「なかったことにしない」生き方

聴取期限10/1
(約50分)
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