和解、神様に対する私たちの責任

竹森満佐一先生の「幸福宣言―主イエスの山上の説教に聴く」。
今回の聖書箇所はこちらです。

「あなたを訴える者と一緒に道を行く時には、その途中で早く仲直りをしなさい。」(マタイ5:25)

なんと言いますか…正直、山上の説教の中でも
それほど大したことを言っているように感じない箇所です。
「まあ訴えられるような事も無いだろうけれども、仲直り出来るならそれをするに越したことは無いだろう。」
そう思われるようなことです。

しかし、竹森先生は、このように語られるのですね。

主イエスは、いつも神との関係を大切にしました。それは心の問題ではなく、神に対する責任です。私共は、神の裁きを現実的なこととしてあまり受け止められない。しかし、人間と和解しなければならない者は、神とも和解しなければなりません。

出来ればそうした方が良いとか、その方が幸せだとか、そういう事柄ではなく、
私達の神様に対する責任である。と。

なんだか私自身、罪というものを、俯瞰的に見ている部分があるのだなあと思わされました。
どこか自己完結していたんですよね。神様への責任なんて考えたこともない。
自分が罪人と自覚しているつもりで、本当は何も気づいていなかったことを感じました。

では、私達はどうすれば神様に対して責任を果たしうるのか。

主イエスの十字架がそのカギであると語られる先生のお話から、
キリスト者の歩むべき道を、ご一緒に求めたいと願います。


「幸福宣言―主イエスの山上の説教に聴く」
竹森満佐一(日本基督教団元牧師)
第18回 マタイ5:25〜26、申命記32:1〜7
2月2日放送

聴取期限2/15
(約22分)
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