渇望し、吸収する時

私の自宅は「東北のチベット」と言われるほど山奥で
電波状況も悪く、私はスマホもネットもない・・・難民です。

「恵子の郵便ポスト」で読まれたこのお便りをお聴きしながら
山の中で畑を耕す小さな「おばあちゃん」の姿を勝手に想像してしまったのですが・・・

大変失礼致しました!
FEBCを初めて知ったのが30年以上前で、
その時は高校生でいらしたとのことですから、まだ4〜50代の方ですね!

偶然再開したFEBC、毎晩、寝落ちしながら聴いています。
韓国からの放送ということで、賑やかな中国語の放送に阻まれ聴きづらい時もありますが
集中して、がんばって、心の耳を澄ましています。

FEBCのラジオ放送、本当に聴きづらくて、
私も、まだインターネット放送がなかった頃は
まさに「耳を澄まして」いたなぁ〜と懐かしくなりました。

そして、思わず立ち止まってしまったのが、お便りのこの「ひと言」です。

人生の中で渇望し、神様、主イエス様のことを吸収したい「時」があるのでしょうか。

この方の問いであると同時に、私自身がイエス様から問われた気がしました。
「あなたは本当は渇望している。今、わたしから飲まずに、いつ飲むんだ?」と。

恵子さんの言うとおり、本当はいつも渇き続けていて、
でも、その渇きを感じないと、イエス様から飲もうとしないのですよね。

コロナ禍、そして、レント(受難節)を過ごす今は、
自分の渇望に気づく時、そして主イエスを求め、吸収する時なのかもしれません。


恵子の郵便ポスト
吉崎恵子(FEBCメイン・パーソナリティー)
2月16日放送

聴取期限3/1
(約10分)
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