だから、何度も読む。何度も聞く。

4月から始まった、山内十束神父による番組「聴く信仰―『いのち』をいただく御言葉黙想」
皆様はもうお聴きになられたでしょうか?今回はその第三回の冒頭部分のご紹介をします。

聖書で祈るという祈り方で、これから黙想していきます。それは、聖書の言葉を読むこと。その声を聞くこと。だから、何度も読む。何度も聞く。そのことが、実際に御言葉に心を向けさせるのです。今日の聖書の箇所はクリスマスの前によく読むマリアとヨセフの姿がありますが、かえって他人事になってしまうことがあります。よく知っているからこそ、御言葉に神の御心を見出そうとしない危険性をはらんでいる。そのためには、一言一言を大事にする。これが黙想の始まりです。

今回の放送のテーマは、イエス・キリストの誕生に際した、
ヨセフとマリアのこころの動きを追って行く事にあるのですが、
精緻な読み解きの中に、神父様ご自身が本当に聖書を何度も読まれ、何度も聞かれた事を感じ、
そのご経験がそのまま豊かに息づいている状況に圧倒されました。

実際のところ、もう散々見知っている箇所などは
飽きてしまっていて、サラッと読んでしまう事が多いと思います。(私もです。)
でも、そうやっていつしか、
聖書を読んでいるつもりで読んでいない。
わかったつもりで、わかっていない。
御言葉を御言葉として受け止められない…
という事が起きてくるのだと感じました。

たとえば、ヨセフとマリア。
彼らは特別な存在であって自分とは関係のない人たちだ。
もしそう感じるのであれば、「危険」の中にすでに私達はいると、
神父様は語られています。

私はまさにその危うさにいました。
あなたは、どうでしょうか?

「聴く信仰―「いのち」をいただく御言葉黙想」
ぜひこの番組を通して、私達も「何度も読む。何度も聞く。」
「いのち」をいただくための聖書の味わい方を改めて求めたいと願います。


聴く信仰―「いのち」をいただく御言葉黙想
第3回「イエス・キリストの誕生を味わう―ヨセフとマリアの心を辿って」
山内十束(カトリック・御受難修道会、宝塚黙想の家司祭)
4月19日放送

聴取期限5/16
(約22分)
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