召命―神様は有無を言わせない御方?

今回の「Session―イエスのTuneに合わせて」では、預言者エレミヤの記述を通して、
私達にとって「召命」とは何か?ということを語り合っています。

主の言葉がわたしに臨んだ。 「わたしはあなたを母の胎内に造る前から あなたを知っていた。 母の胎から生まれる前に わたしはあなたを聖別し 諸国民の預言者として立てた。」 わたしは言った。 「ああ、わが主なる神よ わたしは語る言葉を知りません。 わたしは若者にすぎませんから。」 しかし、主はわたしに言われた。 「若者にすぎないと言ってはならない。 わたしがあなたを、だれのところへ 遣わそうとも、行って わたしが命じることをすべて語れ。 彼らを恐れるな。 わたしがあなたと共にいて 必ず救い出す」と主は言われた。(エレミヤ書 1:4〜‬8)

「召命」それはまさに神様からの招き。
これを受け取っていく、受け取り続けていくことが、
私達のキリスト者としての生き方にとって、とても大切な事と言われます。
でも、聖書を読むと、預言者エレミヤはこんな態度なのですね。

そして早矢仕先生、塩谷さん、そしてスタッフの長倉の3人は、
自分たちのそれぞれの体験から、そこにある種の「リアルさ」を見ます。

長倉:早矢仕先生は牧師としての召命を受けた時はどうだったんですか?
早矢仕:「嫌やなぁ」って。僕の人生は僕のためやと思ってたし。(笑)
長倉:エレミヤも抵抗していますよね。でも神様って、有無を言わせない感じじゃないですか?
早矢仕:うん〜。僕の場合は「無理やり」じゃなくて、最初「嫌やな」って思いながらも、だんだん惹かれていったかなあ。
塩谷:そういえば以前、教会で「献身したい」って言う方に、牧師は「一年後にもう一度言ってね」って。喜ばれると思っていたのに止められてたんですよね、結構マジで。
長倉:「これ、やりたい!」っていう自分の思いだけじゃ出来ないことですしね。
早矢仕:ほんまそうよ。そもそも献身って言うなら、クリスチャンになるって事自体大変と思う。もちろん皆にイエス様を信じて欲しいと思ってる。せやけど、もう一方で「大変やで」とも思ってる。

召命を受け取ることは大切と思っている。そして受け取ってよかったとも。
一方で、実際そこにある大変さもこの身に染みている。。。

でも、この信仰、果たしてそれだけなのでしょうか。
私達にとって、「召命」とはただただ厳しく、
覚悟を強いるだけのものなのでしょうか…?

どうか、安心してください。(笑)
番組の前後編を通し、現実の大変さを踏まえながらも、
決してそれだけに留まらない、むしろそれを超える神様の招きの姿を3人は追い続けます。
そしてそこで見えてきたもう一つの信仰の「リアルさ」…!

ぜひご一緒に、この隠された恵みを
放送から共に受け取ることが出来ましたら幸いです。


Session―イエスのTuneに合わせて
「召命ー神様は有無を言わせない御方?」
早矢仕宗伯(New Creation Arts Movementイエスの風牧師)
塩谷達也(ゴスペルシンガー)
お相手:長倉崇宣
毎週木曜日更新
7月8日放送
〈前編〉

聴取期限8/4
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7月15日放送
〈後編〉

聴取期限8/11
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