“説明のつかない”こと

今回のHANGOUTのテーマは「聖餐」
「聖餐は簡単に説明してしまうと、大事なことが伝わらなくなってしまいますよね…」
というお話を聴いていて、そうだなあと頷きながら、
私はあることを思い出しました。

私がまだ洗礼を受ける前。小学一年生ぐらいの時でしたか、
親が受けたパンとぶどうジュースを、気まぐれでやたらに欲しがったんですよね。
まあ、小さな子どもには、よくある話ではあると思うんですが、
私の場合は有無を言わさず、父親からゲンコツを喰らったんですよ(笑)

当時は幼心に、「もう少し説明しやがれ!」と思ったわけですが、
でも今考えれば、あの場で言葉を尽くされたとしても
多分何一つ判らなかったろうな、と感じるんですよね。
もちろん、もっとやり方があるだろ〜!と今でも思いますよ。
でもきっとこの聖餐は、父にとってすでに
“説明のつかない”体験になっていたんだろうなあと。

人間の知識であるとか、理解をずっと超えたところにある聖餐という秘跡。
でもそれでありながら、私たちの心に直接飛び込んでくる何かがその式には満ちている…。
改めて、“そのまま”を受け取りたい。
番組を聴いて、今回その様に思わされました。


FEBC HANGOUT!
長倉崇宣(日本FEBCスタッフ)
毎週木曜更新

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