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2003年9月6日、13日放送
伊藤早奈氏
(福音ルーテル保谷教会副牧師)
インタビュアー:吉崎恵子


---いつから牧師さんに?

この4月から。母がクリスチャンで小さい頃から近くの教会に行ってて、高校生の時受洗して。

今かかっている難病が26歳の時わかって。3年前、神学校に入った時に完全に車イスになりました。脊髄小脳変性症といって、若い方には少ないらしいです。

病気がわかってから1年くらい仕事を続けてたんですが、自分を見失うかなと思って、カウンセリングを勉強しにルーテル学院大学に入って2年勉強して。キリスト教的な人間観をとても大切だと思ったので神学専修コースに入ったんですけど、それからどうしようかと思った時に、自分が生きてる、生かされているっていうことを用いられるんだったらと思って献身しました。

---ご病気は進行性なんですか?

そうですね。まず歩きづらいなから始まって、病気がわかって、杖になって、車イスになって。

---どんなお気持ちで…

病気だって言われても、そういう自分が生きているってことが、なかなか受け入れられないことでした。できなくなってくることが具体的にあるわけですよね。それでもそのままの自分を神様は愛しているって実感できるまでには2、3年必要でしたね。
 


御言葉を読むったって私はつまずいた方なんですよ。癒しって一体なんだろうっていう感じでしたね。でも治るっていうのと癒しは違うんですよね。

---どう違うんですか?

これが治れば全部良しっていうふうにはなんないですね。癒しっていうのは神がそばにいらっしゃるっていうのを自分の中で受け入れて、そのままの自分を生きる勇気をもらうことかな。そのままの自分で立ち上がるっていうか。癒しについて書いてある箇所を治ることって思って読んでいたら、治らない病気の人は救われない。
 


病気がわかった時、そばに話を聞いてくれるカウンセラーがいればいいんじゃないかって思ったんですけど、本当に霊的な賜物を持った人が話を聞いてくれるとか、そばにじっといてくれるっていうのが、病気の人とか老人とか、命と向き合っている人にとっては必要なんじゃないかなと思ったら、じゃあカウンセラーじゃないなって思って。

---どうしてですか?

社会全体の一般的な価値観は何かできるとか力があるとか早いとか。でもまったくそういう価値観を持たない方がいる。そういう価値観を抜いてあなたの存在を抱きしめてる方がいるんだっていうことを伝えられるのは、霊的なものを持った方々なんじゃないかな。

--その人が抱きしめてくれるっていうんじゃないんですね。

人には限度がありますから。できないこともできることもあるけど、ゆだねる何かを持っている人は、人にもそれを伝えられるというか…。

---お祈りも変わってこられたんでしょうか。

「こうしてください」っていうお祈りはいっぱいしてきましたけど、今は「あなたが思っていることを与えてください」って祈れるようになったかな。「こうしてください」って言ってそうならないと怒るっていう関係じゃなくて、神様は一番良いように私にいつもいろんなことを与えてくださっているんだって。だから「こうしてください」っていう祈りもあるけれども、結果はおゆだねして。

---人から見るとね、進行性の難病で、「こうしてください」って言いたいことはきっと山のように持っているはずだと思うのに、「一番良いようにしてくださる」って…

病気がわかったばっかりの時はそんなことは言えませんでしたけどね。でも自分と向き合う時に、共にある方っていうのがやっと分かったのかな。

---自分と向き合うって…

一人じゃできませんよね。自虐的になったりしますから。本当に自分と向き合おうとした時は、なんにも価値観を持たないでこの存在を受け入れている方がいる、その方と共に向き合う時に、初めて冷静に向き合えるんじゃないかなと。

---それはどういうふうに…

祈ることかな。でも私なんか本当に祈れない時が多くて、そういう時は詩編を読むように教えられました。139編とか37編とか26編とか…。
 


---老人ホームではどんなお仕事をしていらっしゃるんですか。

礼拝で話をしたり、各部屋を回ってお話したり。

私は年間3回、3週間ずつ入院しているんですけど、いろんなペースの生き方があってもいいんじゃないかなって思うんですよ。前の自分だったら、普通に働けないなら仕事やる資格ないなんて思ったりしたと思うんですけど、年3回入院しながらでもできることをやっていくっていうペースもあっていいんじゃないかなって。

---説教とかお勧めをなさるわけでしょ。しかもほとんどの方がご自分より人生経験があったりして…。

そういう方々を教えようというのはないつもりです。ただ御言葉が語っていることを、私を通して語りたい。だからいつも聖書から聴くっていう姿勢を大事にしたいなと。今、その時を与えられているっていうことは、今、用いたいと思われているんだなと思うと、じゃあ今の私を差し出そうって。まず今を大切にしていこうって思った時に、奨励でも説教でも、今、私に語られている御言葉を語らせてもらおうと。

今、一番大事にしているのは、創世記1章31節「造られたすべてのものを神はご覧になって、すべてをよしとされた。」よしとされた存在で今ここに命があるっていうことは、それ以外に何ものでもない。私だけじゃなくて一人ひとり、この人もこの人もみんな同じなんだなって。
 


---もし神様を信じていなかったら、今の輝くような笑顔はなかなか…

信じてても信じてもらってるって思えなかったらきっと今はないでしょうね。神様に私は信頼されてる、必要とされてるって。

どんなペースの人も、神様にとっては必要な存在なんだって思います。自分があってはならないとかあってほしくないことも、全部神様は恵みにしちゃうんだなって感じます。そんな良いことばっかりじゃないけど。でも神様から見るといけないものなんてないんだろうなって。
 


辛くなった時必ず開いているのは詩編とかイザヤ書。共にいるイエス様を本当にそのまま感じさせてくれる詩なんです、詩編は。

---しかも本当に悲しい時に嘆きの詩編は慰めですね。

「どこに行ったんですか」なんて言われると、私も言いたいし。「どこにいるんですか」って言うのは私たちの側が見えないだけであって、いつも共にいらっしゃるんですよね。「なんで」って聞く時は、聞く相手があるからですよね。っていうことは一番近くに神様を感じている時が一番嘆く時じゃないかな。

不安に思っちゃうと、神様に捨てられるって思うかもしれないけど、不安っていうのは結局できるできないの価値判断が入ってきたり、まあ人間だからしょうがないけど、そういう時に不安って起こるから、なるべくそれが起こりそうになったら祈りますね。でも自分がいつまで喋れるかとか考えるとね…不安になるので祈りをする。

---牧師さんは喋れないとダメなんですか?

いや何かあるでしょ。車イスだと牧師になれないとか思ってたけどなんとかなったんで、まあ何か用いられる場所があるんでしたらそこに進むと思います。
 

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