インターネットラジオ
TOP・番組FEBCとはCD Shop聖書通信講座メール教会紹介月刊誌リンク
番組表番組の聴き方
恵子の郵便ポスト 吉崎恵子
主イエス・キリスト 岩島忠彦氏
主の祈りー主イエスと歩む旅 平野克己氏
主よ、あなたが歩かれる道ならば 井幡清志氏
あなたに話したい 晴佐久昌英氏
ひとりを捜す神 広田叔弘氏
信仰のないわたしを 横野朝彦氏
旧約聖書のこころー詩編 雨宮 慧

番組ページへ戻る

2005年1月29日放送
清原章子
(コイノニア福音グループ志木キリスト教会会員)
インタビュアー:吉崎恵子

悪妻の条件が私にぴったり当てはまって


―教会にいらっしゃるようになったのは?

長男の幼稚園を探していて、六つ回った中で、こちらの教会の幼稚園がいいなと思って。

当時、次男が生まれたばっかりで、子育てに疲れきっていたんですね。その頃、幼稚園の「母の会」で、園長先生である牧師先生が話してくださる聖書のお話を聞いたり、家庭集会でお話を聞くうちに、すごく聖書のお話っていいなって思うようになったのがきっかけなんですけど。

家庭集会で「悪妻シリーズ」っていうのがあったんですね。聞いてると条件が私にぴったり当てはまって(笑)。それまでは、私は子育ても頑張っているし、家庭のこともきちっとやっている。だから私は決して悪くないっていうふうに思ってたんですけど、聖書の基準に合わせてみると本当に、決して良い妻ではないし良い母でもないっていうことがだんだんわかってきて。でもその中でいろいろな方の、子どものために、また家族のために祈り、神様におゆだねしている姿っていうのが、私にはとっても新鮮に思えたんですね。あ、私の今まで考えていたことはもしかしたら違っていたのかもしれないなって思うようになりました。
 

今までの自分じゃなくて変わりたいって


最初は礼拝のメッセージってよくわからなかったんですね。でもわからないながらも続けて通っていくうちに私の心の内側に光が当てられていったんですね。

―光が当てられるっていうのは?

自分の罪が示されるっていうことだと思います。私はまじめに生きてきたし、いろんなことも一生懸命やってきた。自分には罪がないとまで思っていたんですけども、神様に背いて生きてきた。自分は正しいと思って、全部、主人にぶつけていたり、子どもにあたったり、いろんなことが罪として思い出されてきて。

洗礼を決心するまでには葛藤もあったんです。洗礼を受けたら縛られてしまうんじゃないかとか、受けなくても良い話を聞くだけで大丈夫なんじゃないかとか。でもそれまでの自分が本当に罪深いものだっていうことがわかって、その罪のためにイエス様が十字架にかかってくださったんだということがわかったときに、今までの自分じゃなくて、変わりたいっていう思いがあったんですね。洗礼を受けることによって自分も変われるんじゃないかっていう思いがあって、それで決心しました。イエス様にかけてみようみたいな、そういう気持ちもありました。―変わりました?

すぐに変わったかどうかわからないんですけど、聖書を読んでいくうちにいろいろなことを神様から教えられて。とにかく子育てに疲れて、喜びも感謝もない日々だったので、一つ一つ神様にお祈りして、おゆだねすることができる。主人にも、私が悪かったていうことが神様から示されると「ごめんね」って謝れるようになって。子どもも、神様から授かった子どもとして、祈りながら育てていくようになっていきました。だから子育てが楽しく変わってきました。
 

長男が、帰ってきたら「僕、洗礼受ける」って


―聖書はご自分にとって…

神様が私に語ってくださっていることなんだって受けとめることによって楽しく喜んで読ませていただくようになりました。

―特にご自分にとって大切な御言葉は?

主人が大阪に転勤になったときに、私はこの教会を離れるのイヤで、引っ越すまで一ヶ月間泣き続けたんですね。知らない土地ですし。不安の中でいただいた御言葉なんですけれど、「神を愛する人々、すなわち、神のご計画に従って召された人々のためには、神がすべてのことを働かせて益としてくださることを、私たちは知っています。」(ロマ8章28節)このことは神様のご計画なんだって受けとめることができました。私にはわからない神様のご計画で、すべて益としてくださることを信じることができたので、不安もありましたけれど、神様におゆだねして、家族みんなで大阪に行きました。

ちょうど長男が中三の11月だったんですね。受験を目前にして、受けようって思っていた高校を受けられなくなって、引っ越してすぐに受ける高校を決めなきゃいけない。長男は初めて、自分の思いどおりに行かないことがあるって、そこで知ったんですね。

向こうで導かれた教会に家族全員で出席するようになったんですが、そこの中高生のバイブルキャンプで、長男はイエス様を信じる決心をしたんです。引っ越した次の年の4月なんですけれど。キャンプに行くときは「半ば強制的だな」とか言ってたんですね(笑)。私も「もう二度と行かない」って言って帰ってくるかなと思ってたんですけど、行っている間ずっと「聖霊が働いてください。子どもの心に語ってください」って祈りながらいたんです。帰ってきたら「僕、洗礼受ける」って言うんですね。「神様、感謝します!」って思いました。
 

「私たち家族を大いに祝福してください」


主人の会社の主人がいた部門が閉鎖してしまうことになったんですね。「会社を出るのも地獄、残るのも地獄」って主人から聞いたときに、本当に「神様、助けてください」って祈らざるを得ないっていうか。そのときに教会の先生が「ヤベツの祈り」っていう本を紹介してくださって。「ヤベツはイスラエルの神に呼ばわって言った。『私を大いに祝福し、私の地境を広げてくださいますように。御手が私とともにあり、わざわいから遠ざけて私が苦しむことのないようにしてくださいますように。』そこで神は彼の願ったことをかなえられた」(一歴代誌4章10節)の御言葉をいただいたときに、「私たち家族を大いに祝福してください。主人の地境を広げてくださいますように」って祈ったんですね。本当に毎日毎日祈りました。そしてこの御言葉を紙に書いて、主人の見えるところに貼っておきました。次々にいろいろ御言葉が与えられて、次々に書いてペタペタ貼ったんですね(笑)。主人に見てほしいっていう思いもありましたけど、私自身がやはり揺らがないように、御言葉に立って祈っていこうっていう、私自身のためでもあったんですけど。家中、御言葉だらけになりました。どうなるか先がまったく見えない状態でしたので、元気がない主人を見ていると、私もただ祈ることしかできなくて。でも神様がついててくれれば大丈夫って、どっかに平安がありました。

―で、どうなったんですか?

奇跡が次々と起こったんですね。主人の会社の部門はなくなってしまうんですけれども、その仕事をそのまま引き継いで、新しい会社を設立することができるようになったんですね。本当に驚きました。数々のサポートしてくださる方々が現れて。もうダメだって思った状況から次々道が開かれていったんですね。神様が道を開いてくださったっていうことも本当に感謝なことで、でもそれ以上に、主人がそのことを通してイエス様を信じることができたんですね。それが一番の感謝です。

―試練の度ごとに神様がはっきりと見えて、恵みを注いでくださったんですね。

本当に憐れみだと思います。本当に祈りは聞いていてくださる。そして御心のときに、一番最善のこたえを与えてくださるっていう確信は、一つ一つ与えられてきました。
 

↑ページトップへ

番組ページへ戻る