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2005年11月26日放送
植松有美氏
(日本神の教会連盟練馬神の教会員)
インタビュアー:吉崎恵子


高校一年のときに洗礼受けたんですけれども、その後、クリスチャンなのにどうして自分はこうなのかとか、クリスチャンだったらこうあらねばならないって自分で自分をがんじがらめにしちゃったんです。それがものすごく苦しくて。それで精神的に参って、人と全然関わらなかった時期があるんですね。家にずっとこもって。そこから少しずつ回復していく過程で、もうクリスチャン臭いクリスチャンはイヤだっていう反発になったんですよね。で、自分はクリスチャンだっていうことは他の人に一切言わないで。

ある時、神様が「ありのままでいいんだよ」と言ってくれたんですね。そのまんまでいいって。自分はものすごく劣等感が強くて、裏返せば非常に傲慢なんですが、人と比べてどうのこうのじゃなくて、あなたはあなたでいいんだよっていう語りかけを神様がしてくださって。その時ものすごく楽になって。今でもまだまだ自分は我が強いなって思うんですけど、でもその我の強い私をそのまんま神様は受け入れてくださってて、イエス様の十字架で赦してくださったんだなって。あら、楽になったなって、気がついたら全然なくなってた。本当に神様のお取り扱いですよね。自分が求める前に神様のほうでわかっててくださって。神様の憐れみの中で生かされている、それしかないですよね。

一番自分にとって気をつけなくてはならないのは自分だと思いますね。知らず知らずのうちに自分の力で自分が事をなしているっていうことが本当に多くて。神様が生かしてくださっているにもかかわらず、自分が生きているかのようにね。

十年間、精神障害者の作業所で勤めましたけど、最初は純粋な気持ちで、神様に用いていただけるならと思って始めた仕事ですけど、だんだん自分が人のために何かしているかのように思ってきちゃって。自分の仕事がアイデンティティみたいになっちゃって。精神的な障害を持っている方たちに、私が自分の思いで支配してしまっていたことが多かったと思います。それを神様にガツンとやられて。

今辞めて外へ出てみて、その頃の自分の傲慢さに気づかされています。自分自身がどこか相手に依存しているんですよね。依存するということは支配することでもあるんですよね。だから自分もキリストによって自由に、そしてキリストにあって自立していなければ、いい関わりは持てないのかなって今、教えられてます。

前は、神様は弱い人とか問題のある人を愛してくださって、そういう人と共に生きるように導いておられるっていうことが私のライフワークのようになっていて、そういう御言葉がどんどん入ってきていたんですね。自分の傲慢さに気づかされてからは、たとえばヨハネ福音書でイエス様が「わたしはぶどうの木で、あなたがたはその枝である。わたしにつながっているなら、あなたがたは多くの実を結ぶけれども、わたしにつながっていなければ何もすることはできない」って。本当にイエス様につながっていなければ何もすることができない自分っていうのに気づかされているんです。だから今は、自分に、「あなたはただただ神様の憐れみの中で生かされていて、神様が用いてくださるのでなければ何もすることはできないんだ」と、御言葉が非常に迫ってくるんですね。
 

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