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2006年2月4日放送
清水とも子
(日本同盟基督教団いのちの樹教会員)
インタビュアー:吉崎恵子

病の息子が「イエス様が脱出の道も備えて…」と


−もうクリスチャンになられて長いんですか。

子どもたちが幼稚園の頃で、その子どもたちがもうすぐ三十になりますので…。牧師さんに押されているようなものもあったんですが、後々、押されてでも洗礼受けて良かったって思いました。それから息子が病になって、中学二年になってまもなく天に召されたんですけど。息子も洗礼受けることができて。小学校三年の終わりに発病して。骨肉腫で。右足を切断しました。四年間、闘病生活があって。不思議なんですけど、(息子の)陽一は病を得てから、すっごく元気になったんですね。心が。神様によって導かれているので。とっても積極的に。片方の足はないんですけれども、外泊が許されたときは、ランドセル背負って、絵の具箱持って、松葉杖ついて、結構遠いんですけど学校に通って。

陽一がある時、「僕、死んじゃうの?」って言った時期があったんですね。もう起きられなくなっちゃった時期で。私はもう何とも言うことができなくて。「イエス様が一緒におられるから、大丈夫だよ」しか返事ができなかったんですね。すごく辛い日があって、明くる日また病院に行くと、陽一がすごく明るく元気になってて。寝たきりの状態だったんですけど。「お母さん、大丈夫だよ。イエス様が試練と共に脱出の道も備えてくださるって、僕、わかったから」って。結局その「脱出の道」っていうのは御国に続いていたんですけれども、そのことは私も陽一もとても考えられなかった道でした。
 

リュウマチのこの手もこの足も大好き


私自身もリュウマチだったんですけど、陽一が召されてからどんどん悪くなっていって。「わたしの恵みは、あなたに十分である。わたしの力は、弱さのうちに完全に現れるからである。私が弱いときにこそ、私は強い」という第二コリント12章の御言葉、それが本当に現実に私の中に働いて、神様が共にいてくださるっていうことはすっごく力で。今とっても不思議なんですけど、この病気を取り除かれたら私はどう生きていったらいいかわからないくらい、この病気があるから、神様がその弱いところに力を与えてくださってるので、今、私はこの手もこの足も大好きなんですね。この病気があって、イエス様と本当に近くあれるんですね。日々の生活の中でも、お皿を洗ってるときでも、信号待ちをしているときでも、何をしているときでも、茨の冠をかぶらされたあのイエス様の十字架を見上げて、ある時には言葉に出して、ある時には心の中で、絶えず、どこにあっても祈って力をいただいているので、すごく今、平安が与えられていて。

 

息子はどうして助けてもらえなかったのか…


―陽一君は、願っていたことは、病が癒されること…。

はい。もう信じてました。絶対元気になると。イエス様がこの子を死なせてしまうことなんて絶対ないって。

―その信じたとおりにはならなかったときの絶望的な思いっていうのは…。

その時は、これがイエス様が陽一に与えてくださった道なんだっていうふうに受けとめたんですね。でも陽一が召されて一ヶ月、二ヶ月、三ヶ月と過ぎていくうちに、閉じこもりの状態になってしまったんです。見捨てられちゃったのかなって。聖書を開いても、「主が御手を置かれて娘が生き返った」、そういう個所を見るたびに、陽一はどうして助けてもらえなかったのかなっていうところで、とってもつまずいてしまって。何ヶ月も教会に行かなくなってしまったんです。教会の方々が訪ねてくださったりするたびに、かなり反抗的になってしまったんですね。「あなたの辛い気持ちはよくわかるわ」って言われると、「わかるわけない!」って。本とか持ってきてくださると、「読む気にならないので持って帰ってください」と。けれども、いつっていうのはわからないんですけど、だんだんに、そうじゃないんじゃないのかなぁって気づかされてきて、また教会に帰るようになって。完全に元気になったのではなくて、すーっと行って誰ともしゃべらないですーっと帰りたい。そういうことも続いたんですけれども。

―でもそれは、喪失を本当に喪失として受けとめた、当然の自然の姿でおありになったんですよね。

と思います。今、53歳なんですけど、今になって初めてわかりました、いろいろなことが。イエス様がお苦しみを受けてくださって、人の痛みをご自身が味わってくださって、その十字架の苦しみというのは、人に嘲られて、本当は神様であられるのに、あんな痛みを担ってくださって、そのイエス様が十字架の上で私のために執りなしの祈りをささげてくださって、「彼らは何をしているのか自分でわからないのです」と祈ってくださって、そしてよみがえられて、今、私のすぐそばにいてくださって。「神、主は、私たちが呼ばわるとき、いつも、近くにおられる」(申命記4章7節)とありますけど、「本当に辛い!」と思うことがありますけど、そのときも主に祈ると、主はすぐに、遠くから飛んで来られるんじゃなくて、すぐ近くにおられるんですね。そしてその祈りを聞いてくださって、道を開いてくださるんですね。それをすごく実感しているので。私はもう祈りっぱなしなんですね。毎日、どこにいても。一つ一つの道が主によって開かれていくので。「苦しみに会ったことは幸せでした」(詩編119編71節)っていう言葉がどうも昔は受けとめられなかったんですけど、今、その意味がようやくわかるようになって。この痛みがなければイエス様と近くにおれなかった。で、イエス様がその痛みをよくわかってくださるのは、ご自身がその痛みを担われたから。一生あるかなって思うんですね、試みは。イエス様ご自身がそういう痛みを担われたのに、私だけ全部取り去られて幸せな状態というのはあり得ないと思いますし。また、試みがあっても、主が共にいてくださるから。いつかまた息子にも会えるし。そのことを信じてます。

 

神様につながって一つ一つに意味が…


―ご子息は発病なさって間もなく洗礼をお受けになったんですか。

はい。牧師さんの勧めもあって。病気がどんどん重くなっていく中で、陽一は絶えず祈って、御言葉によって乗り越えさせていただきました。足の切断の手術の明くる日から、もう元気でしたから。(私のほうは)どんなふうに声をかけたらいいんだろうかっていうのがあったんですけど。陽一自身は、「早く起き上がって、松葉杖をついて歩きたい!」ものすごい前向きで。そして、同じように足の手術をされたお年寄りの方に歩き方を教えている陽一の姿が間もなくありました。もう得意になって。子どもですから。「松葉杖っていうのはこういうふうに使うんだ」って教えて、一緒に歩いてた姿を思い出します。だから私は、ヘンな話ですけど、病室に毎日行くのがとても楽しみで。そこでは聖書の御言葉の話を陽一自身から聞けたし。私が愚かな親で、いろいろ相談事をすると、御言葉で返ってくるような状態だったんですね。「『人の罪は七度の七十倍赦す』って聖書にあるでしょ。赦すことだよ」みたいな感じで。ほとんど毎日病院通いしてたんですけれども、別れるときには必ずいつも「じゃあ祈ろうね」って一緒に祈って。「お母さんがこれから電車に乗って、バスに乗って、歩いて帰りますけど、帰り道を守ってください」って陽一が祈ってくれて、それに力づけられて帰るっていうような。本当に陽一がいてくれて、私自身が乗り越えられた。神様につながっていることで、一つ一つにとても意味があって。そして今、なぜこんなに平安が与えられているのか、自分ではいまだによくわからないくらい、弱いから強いっていうのがありますね。

―ご自身のリュウマチが治ったわけではないし、ご子息が生き返ったわけでもないしっていう中で、そのことが起こっていらっしゃるんですね。

はい。イエス様と共に乗り越えられる今、とても幸せに思います。
 

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