2006年10月14日放送
●中村京子氏●
(医学生)
インタビュアー:吉崎恵子
全部が「アーメン」 | |
最終日にコンサートがあって、その中で、もう本当にびっくりしてしまったんですけれども、歌いながら一つ一つの歌詞が「本当だ!」っていうふうに…。神様は私をここに導かれて、ここで私を生かしてくださっている。「この苦しみ、悩み、そういうものが全部神様からの奇しき御業だ」っていう言葉が、スッと心の中に入ってしまって。そう感じたのは「本当だな」って思って。これが嘘だったら私は何を信じたらいいんだろうっていう気持ちが強くなって。それで合宿から帰ってきた次の日曜日に教会に行きました。何曲も歌ったんですけれども、すべてが新しく歌う歌っていう感じで、全部が「アーメン」、その気持ちでいっぱいになりました。 | |
神様から背中を押されて | |
祖母が、私が大学五年になる直前に大変な病気になってしまって。病院で夜、祖母の隣にいて、だんだん脈は速くなっていくけれど血圧が下がっていくのを見ながら、本当に怖くて。私はこんなところで働けないって思ってしまったんです。その時に、医者になりたくないなって思い始めて…。お医者さんじゃなくて研究者として進む道も考えたんですけど、やっぱりなんか違うなっていうふうに…。平安じゃないんです。いろいろな人に祈っていただいて、迷いの中でも三つ神様からの導きがあったんです。 初めは、聖書の中に、イエス様がカナの婚礼で水を葡萄酒に変える場面がありますよね。その中でイエス様のお母様が「葡萄酒がなくなってしまいました」って言ったときに、イエス様が「そのことがわたしとあなたに何の関わりがありますか」っておっしゃられて。その箇所を説教の中で聞いたときに、私が今悩んでいる思いとか、現実の中での悩みとか、そういうことが「あなたとわたしに何の関わりがありますか。あなたが一番大事にしなくちゃいけないのはイエス様の十字架の救いであって、それを信じて進むときに、神様から愛が示される、そういう道じゃないか」っていうふうに私には聞こえて。そこで初めて「すべてを神様におゆだねします」っていう気持ちを感じました。 それからヨハネ福音書の五章で、イエス様が三八年間患っている人のところに来て「あなたの床を取り上げて歩きなさい」って。それが、これから私が歩いていく中である重荷とか不安とか、「まずそれを取り上げなさい」っていうふうに神様から言われたような気がして。床を取り上げて歩いていった病人は、癒された。「だからあなたもその重荷を取り上げなさい。まず歩き出しなさい。わたしが一緒に歩くから」って言われて。同時に神様から「あなたを用いたい」っていうメッセージを心の中にとっても聞いたような気がして。その時「私の人生を神様にすべておささげします」って。 三度目は、大学の実習で患者さんを持たせていただいて。その患者さんにある時、「京子先生はクリスチャンなのかしら?」っていうふうに聞かれて。その方は昔、中学高校とミッションの学校に通っていらして、今はもう仕事で世界中を飛び回っていて、そういう中で宗教的なことを信じるのが難しくなったっていうふうに言われていたんですけれども、その方を病室に訪ねていくにつれて、神様のことを少しずつ聞かれるようになって。退院の日に、「京子先生みたいなクリスチャンになりたいわ」っておっしゃってくださって。私は、神様がその方のことを愛していて、見ていてくださるっていうふうに思ったので、そうお伝えして。その時に、本当に神様から「あなたはこういうふうに生きなさい」って背中を押されているような…。だから今はもう迷いはなくなりました。
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自分の中にこんな大きい罪があったんだ | |
ある時、大学の裏で、祈ってくれている皆さんのことも裏切って、神様も裏切って、誰にも顔向けできないような自分をどうしたらいいんだろうって泣いていたときに、隣に誰かが座ってくださっているような気がして。心の中に「わたしはあなたを罰しない。お帰りなさい。もう罪を犯さないように」っていうイエス様の言葉が聞こえて。その時に、今まで正しく歩いてきたって思っていた自分で、誰から見ても真面目だって言われる自分で、でも、自分の中にこんな大きい罪があったんだって、どうにもならないものがあるって気づいて。その時、そのためにイエス様は十字架にかかったんだって、本当に思いました。イエス様がいなかったらもう立ち上がれないなっていうふうに感じました。 自分の今までを振り返ると、全部が神様がしてくださったことで。これからも、神様が現してくださる御業はどんなものだろうって楽しみです。 | |
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