「この幼な子は、イスラエルの多くの人を倒れさせたり立ちあがらせたりするために、また逆らいを受けるしるしとして、定められています。」(ルカ2章34節) これはイエスが誕生後、マリアに連れられてエルサレムの神殿でささげられた時に、老人シメオンが語った言葉ですね。この言葉は、実際にイエスご自身の後の行動の中で成就した預言と言えるかと思うんですね。イエスの業が、ある人との連帯を生み、そこに救いを生み出していった。そして他の人々との間では激しい対立となった。こうした図式が現れてきます。 | |
■実際のイエスの心の一番根にあったもの | |
「イエスは、群衆が飼う者のない羊のように弱り果てて、倒れているのをごらんになって、彼らを深くあわれまれた。」(マタイ9章36節) 当時の社会において、だんだんと大金持ちが出てきます。そこに富が集中していくということは、逆に一般の人々が没落していったということです。 聖書に「貧しい人々に福音が伝えられている」(マタイ11章5節)という言い方がされていますけれども、本当に悲惨な状態になっている人たちが多くいたんですね。これに追い討ちをかけるようにパリサイ人、律法学者たちが、こういう落ちぶれた人たちはまともに宗教行事に参加することも、定められた掟を守ることもできないから「罪人である」という烙印を押してしまったわけです。つまり彼らは社会的に搾取された上に宗教的な差別をされたわけです。そういったことを「飼う者のない羊のように弱り果て、倒れている」と言ってるんです。 イエスはこの群衆を見て「深く憐れまれた」と書いてあるわけです。もとのギリシャ語では「スプランクニゾマイ」という語が使われています。その語幹の「スプランクナー」という言葉は内臓一般を指します。そのスプランクナーがきしむ、痛むというような意味かと思うんです。ただ「憐れに思う」というさらりとした訳では表しきれないものがある。 イエスがこの飼う者のない羊のように弱り果て、倒れている群衆を見て、もう胸がつかえてじっとしていられない状態になったということになります。ちょうど水が下のほうにしか流れないように、イエスという方はいつも、より悲惨な者、より打ち捨てられた者のほうにどうしても傾いていくというのが、「貧しい人々に福音が伝えられている」といったことなのかもしれませんね。 この「憐れに思う」という動詞は、放蕩息子のたとえ話で、父親が遠くから帰ってくる息子を見たときに「あわれに思って走り寄り、首をだいて接吻した」(ルカ15章20節)。その「あわれに思う」です。 あるいは善きサマリア人のたとえ話で、半死半生で横たわっていた人を一人のサマリア人が「気の毒に思い、近寄って」(ルカ10章33節)と訳されている、「気の毒に思い」です。 私は、実際のイエスの心の一番根にあったものっていうのはそういう心の動きで、そこから彼の様々な行動が出ているのではないかと思うんです。 | |
■イエス独自の心組み | |
「多くの取税人や罪人たちも、イエスや弟子たちと共にその席に着いていた。こんな人たちが大ぜいいて、イエスに従ってきたのである。」(マルコ2章15節) 「こんな人たちが大ぜいいて」と。うさん臭い連中がいっぱいイエスについてきたんです。このエピソードの結末は「丈夫な人には医者はいらない。いるのは病人である。わたしがきたのは、義人を招くためではなく、罪人を招くためである」。(17節)そこにイエスの心の傾きというものが現れていると思うんですね。 ルカ19章にはザアカイの話があります。彼は「取税人のかしらで、金持ちであった」(2節)とありますから、「貧しい人々」と言っても単に表面的なことではないんですね。人から軽蔑され、まともな人間と思われてない人たち。そこにイエスの目がいくわけです。「人の子がきたのは、失われたものを尋ね出して救うためである」(10節)というイエスの核心がここにも現れています。このように、見捨てられた者の典型として取税人という者が、イエスによって喜びと人権を回復した姿が随所に現れています。 イエスと女性、特に娼婦とか罪の女との関わりが、聖書で非常に美しい結晶のようにして、イエスの心情と姿を現しています。 ルカ7章で、イエスがシモンというパリサイ人から招待されて食卓に着いていた。そこに「その町で罪の女であったものが、香油が入れてある石膏のつぼを持ってきて、泣きながら、イエスのうしろでその足もとに寄り、まず涙でイエスの足をぬらし、自分の髪の毛でぬぐい、そして、その足に接吻して、香油を塗った。」(37、38節) 「その町で罪の女であったもの」、そういう人物が宗教家の家に入り込んで身を投げ出すような行動をとったということ自体、通常の人からしたら眉をしかめる行為でしょう。他方、このシモンという人物は洗い桶も出さず、挨拶の抱擁もしなかったようです(44、45節)。つまりこのパリサイ人はイエスに対して「この最近伸してきた運動家、一応はチェックしておきましょう」くらいの思いしかなかったということになりますね。 こ れに対して罪の女であった者は、石膏の壷を持っていたんですから貧乏ではなかったと思うんです。にもかかわらず運命にもて遊ばれてほとんど自暴自棄であったんでしょう。それがイエスに出会ってどれほどの希望を見いだしたか。そのことがこの行為に現れているから、イエスは「この女は多く赦されているから、多く愛している」というふうに言ってるんですね(47節)。 イエスは、神の恵み、神の命の福音を持ってこられた。そのことがこの一人の女にとって本当に解放になり、喜びになり、救いになったということです。だから「この人には、わたしの福音が意味があった。あなたはそれほどそれを必要としなかったから、その恵みに与ることがない」とパリサイ人に言っているわけです。 ヨハネ8章1〜11節では姦淫の最中に捕まった女を宗教当局がイエスのもとに連れてきて尋ねます。 このような表現ってあんまり他にないんですね。何かのイエスの行動が描写されているとき、ある程度こういう意味だっていうふうにわかる。ところがイエスは黙ってかがんで地面に何かを書いておられたというのは、象徴みたいなものを何も持たないんですよね。何か賢そうなこととか人がびっくりするようなことをイエスが言葉に出して表したところよりも、女が追い詰められている横で、地面にかがんで何も言うこともできず、もじもじしていたというこのイエスの姿に、最も神様の慈しみ、愛、赦しというものが現れているんじゃないかなというふうに個人的には感じるんです。 その後でイエスは「罪のない者がいれば、まずその人がこの女に石を投げればいい」と。そうすると老人から一人ひとり去って行き誰もいなくなったわけです。 女を取り囲んでいる群衆は、自分たちは罪人でないと勝手に思い込んでしまったんです。真ん中に立っている女は罪人であると。そういう、宗教家や指導者が立てた制度上の区別というものがそのまま現れているんですね。 ところがイエスは、「本当に自分に罪がないと思えば石を投げたら?」と言うんです。それは、律法を守っていれば義人、どこか犯していると罪人、そういうレベルの問題じゃないということなんですね。それまであった区別のライン「義人」「罪人」というものがどれほど曖昧であるかということが、みるみるうちに群衆の列が崩れたことに現れているんです。 イエスという方は独自の心組みのようなものを持っておられ、律法学者的発想の枠で縛られることによって差別されたり圧迫された人たちに、手を差し伸べているんですね。他方、その中に安住して、自分は正しい、まともだと思っている人たちの愛のなさに非常に敏感であったということなんです。 このようなことから、一方ではイエスの、飼う者のない羊のように弱り果て、倒れている人たち一人ひとりに駆け寄っていったという姿が現れてきます。これを逆の方向から見ますと、既に成立した社会の内側にいる人たちにはイエスの行動が、社会秩序、そして宗教的な秩序を乱すもので、危険人物と映るわけですね。 | |
■宗教家の偽善と神の国の対立 | |
ノーランという人の『イエス』という本では、宗教家は善を所有しようとすると言ってるんです。政治家は権力を所有することによって人を圧迫する。金持ちは金を自分に集中させて他の人をおとしめている。宗教家は善を自分のものにし、「私は義人である、あの取税人のような者でない」と何か比較できるものを作り上げたお陰で自分が義人になれる。このようなものをイエスは非常に嫌われたわけです。 たとえばマルコ2章で、安息日にイエスは弟子たちと麦の穂を摘んで口に入れていた。それを見てパリサイ人が「なぜ安息日にしてはいけない刈入れをするのか」と聞くわけです。これに対してイエスは「安息日は人のためにあるもので、人が安息日のためにあるのではない」(27節)と言ってるんですね。 イエスは「あなたがたは、神のいましめを捨てて、人間の言伝えを固執している」(マルコ7章8節)と言っています。神の御旨から見るとすべて、人への愛、その人を救う行為をしたとき、初めて律法が実践されているわけです。その意味でイエスは「わたしは律法を廃するためにきた、と思ってはならない。完成させるためである」(マタイ5章17節)と。まさに神の御旨から神の掟を解釈するというのがイエスの趣旨です。 他方、宗教家たちは、表向き、神様のためにと言いながら、自分のためにやっている。その偽善というものが、イエスが説かれる神の国とは真っ向から対立します。ですからただの論争というよりも、イエスの宣教そのものなんだろうと思います。イエスの関心は本当に、一人ひとりの人間とか、神様の意志を最優先するということなんじゃないかと思うんです。ただそのことを強く述べるときに、結果的に政治批判、社会批判になったりしているんですね。 「異邦人の支配者と見られている人々は、その民を治め、また偉い人たちは、その民の上に権力をふるっている。しかし、あなたがたの間では、そうであってはならない。かえって、あなたがたの間で偉くなりたいと思う者は、仕える人となり、あなたがたの間でかしらになりたいと思う者は、すべての人の僕とならねばならない。」(マルコ10章42〜44節) 権力を持っている者は自分の力で他の人を圧迫し、それによって自分の立場を築いているという、ほとんどの社会で普遍的なこの力の法則に対してイエスは「あなたがたの間では決してそうあってはならない」と言ってるんです。この力の法則は今日においても変わらない事柄です。 イエスのとった態度は、人を押さえつける者に対する批判であり、罪人、貧しい人々をなんとか生かそうとするんです。ここでは力の使い方が問題です。力というものは人それぞれ持っています。その力は人を押さえつけるためではなく、人を生かすため、人を支えるために使わないといけないということだと思うんですね。 実際に世の中ではなかなかこういう精神は行き渡りません。ですから最初のクリスチャンたちは「教会」というグループの中では決してそのようになってはいけないという意識を非常に強く持っていたと思うんですが、教会もだんだん世俗化していき、やっぱり同じような権力構造ができてきたりする場合もないではないですね。 | |
■連帯と敵対を通してイエスは何をしたか | |
こうした両面を見て一貫して浮かび上がってくるのは、人間の非常に自己中心的な振る舞いです。別の言い方をすれば、愛がないということなんですね。そうしたことを暴露して、人が神の御心をまったく無にしているということを何度も指摘されるんです。 その神の御心というのは一貫して、人間が解放されること、本当に嬉々として生きること。言ってみれば徹底したヒューマニズムなわけです。それが「神のご意志である」ということが、単なるヒューマニズムでないところです。それこそ神からの福音であるということなんですね。 当然こうした行為は、具体的な社会、特に指導者階級の人々に、敵意、さらには殺意を増幅させていく結果になった。つまり「ある者が立ち、ある者が倒れる、逆らいのしるし」となっていくわけですね。 しかしこういったことを通してイエスは何をしたかといったら、神の慈しみの福音、解放の福音、そして神の国の福音を告げるということをしていた以外の何ものでもないわけですね。そしてたぶん我々の時代も同じだと思いますが、この連帯と敵対を通しながら、繰り返し御国の到来というものを実現していこうと御父に願い、そして自分自身そのために身を尽くすというのがクリスチャンのあり方なんだろうと思います。 | |
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2006年3月3日放送
●第12回「連帯と敵対」●