2007年4月23日放送 | ||
指方信平氏 |
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私は、高校二年生のクリスマスに洗礼を受けた後になって、つまずきを感じた時期がありました。明確な理由も信仰もなく、こんな簡単に、いい加減な思いで洗礼を受けてしまってよかったのだろうか。まだ早すぎたのではないかと感じました。 私は牧師の息子でしたから、教会というところは日常そのものでした。神様についてまともに考えることもなく教会生活を過ごしてきたのでした。その反動が洗礼後に一気にやって来たという感じです。 私は考え始めました。自分にとって神様とはどういう存在なのか、自分がキリスト者であるとはどういうことか、自分にとって生きる意味や価値とは何なのか。洗礼を受けてしまったことが、自分という者、そして神様という存在を真剣に考えるきっかけとなりました。とにかく早くその答えが欲しいという焦りから、いろんな本を読み、あるいはバイクに乗って一人旅をしたりしました。その中で何もかもわからなくなって、生きる意味が見出せなくなって、ひどくスランプに陥ったこともありました。 私は大学時代に五回、日本基督教団京都教区の青年育成プロジェクト・ネパールワークキャンプに参加しました。ネパールの片田舎の村に、家族の一員のように迎えられ、村人と共に道を舗装する労働で毎日汗を流し、共に食事をし、歌を歌い、子どもたちとサッカーをしたりしました。ネパールの人々の、大変貧しくも輝いている姿は、宗教こそ違えど、皆がそれぞれの命の現場にあって、神様に生かされてある、愛されてあるということを、私の体全体に教えてくれました。 クリスマスの夜には、自分たちの宿として貸してもらっていた家畜小屋の二階でロウソクを灯して賛美歌を歌い、メンバーと共に聖書を読みました。この「ネパール」といういつもと違う場所で聖書を開くと、不思議なことに、聖書の言葉の持つ響きがいつもとはまったく違って自分の胸に響くのです。聖書の世界が鮮やかに自分の心の中に現れてくるような思いがしました。 それまで私は、生きる意味や目的、また神様という存在について、ずいぶんと理屈っぽく難しく考えては、まるで遠くにある答えに手を伸ばして、早くそれを手にしたいと焦っていましたが、その焦りは、気がつけば安心に変わっていました。 私は実に素朴に、自分の捜している、焦っている答えは、今ここにあるではないか。神に愛され、生かされ、神様の御言葉と共に生きている私が私のすべてであり、神様はその恵みを、今日、この時、すべてくださっているではないか。そのように感じることができました。そう感じることができたときに、神様と私との世界が一気に目の前に切り開かれたように思いました。 聖書の放つ様々な響きを感じることの楽しさを知った私は、いつしか自然と、牧師になりたいと思っていました。聖書の言葉の放つ響きを伝えたい、そのようにあの時、心から自然に願ったのは、やはり私の意思というものを神様の意思が押し出してくださったからであります。 牧師としての自分を知る、わきまえるということは、教会の中で、またこの世の中において、底辺に立つということだと思っています。教会の、社会の、一番底には何があるか。そこには人間の痛みがあり、悩みがあります。そしてその人間の痛み、悩み、弱さ、貧しさがあるところには、キリストがおられます。この底辺に立って初めて人間の現実を知ることができるでしょうし、そこでこそキリストの生きて労しておられる姿を見ることができるはずです。 神様が御子イエス・キリストの居場所として、敢えて飼い葉桶という小さく薄汚れたものを選んだように、牧師も、また教会も、飼い葉桶としての存在であることを求められているように思います。この飼い葉桶でこそ知ることのできる、見ることのできる主の救いの業があるのだと思います。 自分の欠けの多さ、罪深さを抱えつつも、それを敢えて選んで用いてくださり、御心のままに導いていかれる神様を、安心して信頼し、この主を喜んで受け入れ、宣べ伝えていく者でありたいと思います。 | ||
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