2007年7月4日放送 | ||
| 丹羽友子氏 | |
さて、イエスは通りすがりに、生まれつき目の見えない人を見かけられた。弟子たちがイエスに尋ねた。「ラビ、この人が生まれつき目が見えないのは、だれが罪を犯したからですか。本人ですか。それとも両親ですか。」イエスはお答えになった。「本人が罪を犯したからでも、両親が罪を犯したからでもない。神の業がこの人に現れるためである。」 (ヨハネ9:1〜3) | ||
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私には息子が一人います。二歳くらいまではあまりよくわからなかったのですが、やがて、この子が他の子供たちとなんとなく様子の違う子供だと感じるようになります。健康で、読み書きも早くから覚え、ものの考え方もしっかりしている子でしたが、一方で、感覚過敏がひどく、臭いや音に敏感で偏食がひどく、こだわりが強い子でした。また、人に声をかけてもらってもまるで聞こえていないかのように振る舞ったり…。やがて、彼が小学一年生のときに、高機能自閉症であることがわかります。知能は正常域なのですが自閉症の特質があるということです。 息子の障害がわかったときは、二つ目の赴任先で教会生活を送っていました。そこでは毎週礼拝の後、愛餐会がありました。でも、偏食の上、臭いに敏感な息子は、皆さんと同じものを食べることができませんでした。「この臭い食べ物何!ウワァッ、まずそう!」とか言うので、もう作ってくださった方に申し訳なくて、いたたまれなくて、本当に辛くてたまりませんでした。私はそういうとき、教会の人がびっくりするほど息子に厳しく接してしまうことが度々ありました。虐待と紙一重だと思いました。 夫とは、息子が自己肯定感を持って生きていけるよう育てようと話し合っていました。でも、私はそのことに失敗ばかりしてしまう。夫は私が息子に厳しくすることに非常に心を痛めていたので、よく口論になりました。 息子に逆上し、夫とも口論になり…。そういう時、私はよく、誰もいない礼拝堂の片隅に一人うずくまって泣いていました。私には自閉症の息子の育児と、いわゆる牧師夫人としての歩みは両立できないと思いました。息子と二人きりなら、息子の特性を受けとめ、どんなことをしても守ってあげたいと思っていましたが、教会で、社会で、他者との関わりの中で、息子と他者の間に立つとき、本当に苦しく、私の心は危機的状況にありました。「神様、どうしてこの子はこのように生まれたのでしょうか」という問いが私の心に湧いてきました。 でもある時、このヨハネ9章の物語を思い起こしました。聖書を開いて、たった数行ですが、むさぼるように読んだのを覚えています。私の「どうして?」に対して、主は「神の業がこの人に現れるためである」とお答えになるのです。なんとかこの言葉にすがって息子の将来に希望を持っていこうと思いました。 ところが息子は、三つ目の教会に赴任する直前、対人恐怖症になり、人のいるところにまったく行かれなくなってしまいました。やむなく外出するときは、私にしがみつき、顔を私の肩に埋めて、やっとのことで歩くような有様でした。息子が不憫でしたし、この子がこのようになったのは私に原因があるのではないかと自分を責める思いでいっぱいでした。そして息子に希望を持つのが本当に難しくなってしまいました。 「生きていてくれさえしたらもうそれでいい。」確かに究極的には親とはそうだと思います。でも一方で、せっかく生まれてきたのに、親の私がこの子に希望が持てないなんて…という深い悲しみを感じました。 でも、このヨハネ9章の物語を改めて読んだときに、「神の業がこの人の上に現れるためである」という主の言葉が、今までとは違った響きをもって、私の魂に飛び込んできたのです。親の私が望みを持ち得ないほどであったとしても、この子の造り主である神様は、「この子の上に業を現してくださる」と言うのです。これほどの望みがあるでしょうか。それまでの身勝手な望みのうちに絶望ばかりしてきた私を「主よ、お赦しください」と祈る中で、私の心に新しい光が射しました。 人の目には望みのないように思えることでも、この「神の業が現れるため」という御言葉に触れるとき、絶望が絶望のままでなく、希望になることを、今は実感しています。それは、何かその状況がこれから良いように好転していくという期待や希望といったものではなく、この暗い、闇としか思えないところにも、神の業という光が射すのだという希望です。今までそれが見えずに苦しんでいた、生まれつきの盲人とは、まさしく私自身であったのです。私にとって、まさに新たな神との出会いとなりました。 | ||
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