キリスト教放送局FEBC「わたしに立ち帰れ、わたしはあなたを贖った」旧約聖書イザヤ書44章22節(聖画:サン・ダミアーノの十字架)
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2007年6月17日放送

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説教題「信仰のつまずき」

東野 尚志牧師

イエスはそこを去って故郷にお帰りになったが、弟子たちも従った。安息日になったので、イエスは会堂で教え始められた。多くの人々はそれを聞いて、驚いて言った。「この人は、このようなことをどこから得たのだろう。この人が授かった知恵と、その手で行われるこのような奇跡はいったい何か。この人は、大工ではないか。マリアの息子で、ヤコブ、ヨセ、ユダ、シモンの兄弟ではないか。姉妹たちは、ここで我々と一緒に住んでいるではないか。」このように、人々はイエスにつまずいた。イエスは、「預言者が敬われないのは、自分の故郷、親戚や家族の間だけである」と言われた。そこでは、ごくわずかの病人に手を置いていやされただけで、そのほかは何も奇跡を行うことがおできにならなかった。そして、人々の不信仰に驚かれた。(マルコ福音書6章1〜6節)

主イエスは各地を巡回しながら行く先々で福音を述べ伝え、そして今、久しぶりに故郷に戻られます。主イエスの弟子たちにとってもこの体験は忘れ難いものであったようです。四つの福音書のすべてが故郷における主イエスのお姿を記しているのです。

主イエスは故郷のナザレの村でも、他の町や村でしておられたのと同じように、安息日に会堂に出かけ、そこで教え始められました。かつてカファルナウムの会堂で主イエスが教え始められると、人々はその教えに非常に驚き、口々に言いました。「これはいったいどういうことなのだ。権威ある新しい教えだ。」(1章27節)ナザレの会堂でも同じようなことが起こりました。主イエスの教えを聴いて驚いた人たちは口々に言います。「この人は、このようなことをどこから得たのだろう。この人が授かった知恵と、その手で行われるこのような奇跡はいったい何か。」(6章2節)そこまでであれば、カファルナウムでもナザレでも起こった出来事にそれほど違いはないかもしれません。けれどもこの後の反応は大いに違っておりました。

カファルナウムの町では、人々は続々と主イエスのもとに押しかけるようになりました。その素晴らしい知恵と力ある業を見て、やがて人々は一つの問いへと導かれていきます。「いったい、この方はどなたなのだろう。」(4章41節)主イエスの教えと業に対する驚きは、主イエスご自身に対する問いへとつながっていったのです。ところがナザレでは、同じように驚いた人たちはこう言ったのです。「この人は、大工ではないか。マリアの息子で、ヤコブ、ヨセ、ユダ、シモンの兄弟ではないか。」(6章3節)

主イエスの故郷であるナザレでは、主イエスのことを誰もがよく知っていました。いや、よく知っている、そう思っていたのです。確かに主イエスの生い立ち、家族構成についてもよくわかっていました。主イエスのことをよく知っていたからこそ、その同じ人が、神の子、救い主として語っておられる教えを素直に聴くことができないのです。故郷の人たちは主イエスにつまずきました。主イエスを信じることができませんでした。主イエスはそういう故郷の人たちを見て言われたのです。「預言者が敬われないのは、自分の故郷、親戚や家族の間だけである」(4節)

ここで問われているのは、私たちが主イエスをどのように知るかということだと思います。故郷の人たちが主イエスを信じることができなかったのは、主イエスのことを幼いときからよく知っていたからです。しかしそこでいう知識というのはあくまでも人間的な、目で見て、耳で聞いて、手で触れて経験した知識です。そういう経験の延長線上で主イエスをとらえることはできないのだということを、この出来事は語っているのではないでしょうか。

この点で私たちはしばしば大きな思い違いをしているのかもしれません。もしも私たちが二千年前にさかのぼって、実際に自分の目でイエス様を見て、自分の耳でイエス様の言葉を聞いて、この手でイエス様に触れることができたら、私ももっと確かに信じることができるのに。そんなふうに思う。けれどもよく考えてみていただきたいのです。主イエスの故郷の人たちは、主イエスのことをよく見て触れていたからこそ、主イエスを受け入れられなかったのです。故郷の人たちは主イエスの教えに驚きました。しかしつまずいたのです。私たちは、主イエスがどんなお顔であったのか、どんな声をしておられたのか、そういう人間的な面については知りようがありません。けれども、自分の経験や知識によって主イエスをとらえようとしている限り、ナザレの人たちと同じつまずきの中に私たちも落ち込んでしまうのではないでしょうか。

主イエスの故郷の人たちはなぜつまずいたのか。それは「故郷」という言葉が象徴的に表しているように、自分たちが慣れ親しんだ世界の中にどっぷりとつかりながら、その中で主イエスのことを理解しようとしたからです。主イエスを自分たちの理解できる肉の世界の中に押し込めようとしたからです。それは言い換えるなら、主イエスの存在を、死によって終わるこの地上の世界の枠組みの中でしかとらえようとしなかったということです。そしてその自分にわかる、自分に心地よい枠組みの中で、自分に理解できる世界の中で、自分で取り扱うことのできる対象として、主イエスを取り込もうとしたのです。

人間的な経験の延長線上で、救い主キリストと出会うことはできません。救い主と出会うためには、ナザレの人たちも、そして私たちも、住み慣れた自分の心地よい故郷から出なければならないのです。自分の経験から受けとめた人間イエスで満足していてはなりません。神の御子としての主イエスと出会うために、自分の枠組みの中から出て行かなければならないのです。

確かにナザレは地上における主イエスの故郷でありました。けれども主イエスはこの地上に降り立つ前に天におられた方です。天から降ってこられた神の独り子にとっては、この世界全体が異郷の地であったのではないでしょうか。主イエスの本当の故郷は父なる神のもとにあります。主はそこから下ってこられ、異郷の地に宿られたのです。

主は父なる神のもとから降ってこられ、また父なる神のもとへ帰られました。この主イエスの命とひとつに結び合わされるとき、主ご自身の旅路に合わせられるようにして、私たちもまた天にある故郷を目指して歩む者とされるのです。私たちの命も死で終わるものではありません。地上から出て地上に帰るのではなく、神の子とされた命は神のもとへとつながります。

「このお方はいったいだれなのか。」主イエスとは誰なのか、この問いはさらに、私たちは誰なのか、私たちは何者とされているのか、その問いへとつながるのです。主イエスはまことの神であり、またまことの人である方として、私たちにも帰るべき故郷を与えてくださいました。主イエスと結び合わされるとき、私たちもまた、神の子とされて、御子に似た者へと変えられていく。この驚くべき救いの奇跡に共に与るようにと招かれているのです。主イエスを信じ、主イエスにすべてをゆだねて、主の奇跡の業に共に与るようにと招かれているのです。

使徒パウロは記しました。「わたしたちは、今後だれをも肉に従って知ろうとはしません。肉に従ってキリストを知っていたとしても、今はもうそのように知ろうとはしません。だから、キリストと結ばれる人はだれでも、新しく創造された者なのです。」(二 コリント 5章16、17節)

神様の救いの御業がこの方において現された。その驚くべき救いの御業の中に自らをゆだねる。そこでこそ私たちは主イエス・キリストと、ナザレの人としてではなく、まことに私たちの救い主として、出会うことができるのです。主はそのような出会いの中に私たちを招いていてくださるのです。ただ頭で主イエスのことを知るだけではなくて、主イエス・キリストと出会う。二千年前、キリストが成し遂げてくださった救いの御業が、二千年の時を超え、ユダヤと日本という空間的な隔たりを乗り越えて、今日、この私のための救いになった。

不信仰が支配しているところでは主は御業をなすことがおできになりませんでした。しかし今、御霊が私たちのうちに信仰を作り上げてくださる。主ご自身の御業の中に共にあずからせてくださる。その大いなる喜びを、今、感謝を持って味わいたいと思います。
 

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