愛する人を失う

先月、伴侶を亡くしました。
数カ月前から体調不良を訴え、病院を受診しましたが、すぐに良くなると言われ、
特に検査もせず、薬を処方されただけでした。
しかし一向に良くならず、再度受診したところ、
その時にはもう手の施しようのないほど病気が進行していて、あっという間に逝ってしまいました。
あの時ちゃんと検査をし、すぐに治療をしていれば、もっと生きられたかも知れないのに、
これは、医者の言葉を信じて、夫のために何もしなかった私への
神様からの罰だと思わずにはいられません。
まだまだ二人で暮らせる時間があったはずなのにと、悔しさと、夫への申し訳なさでいっぱいです。
これから私はどうしたらいいのか教えてほしいのに、神様はどうして何も言ってくださらないのですか。
こんなふうに神様に文句のような祈りしか今はできません。

言葉を失ってしまうようなお手紙です。

悔しさと、申し訳無さに引きちぎられた、この女性のこころ。
この受け止めきれないような苦しみに、
広田先生はどのように応えられたのでしょうか。

…聖書からの語りかけは、意外な所にありました。

主イエスが天に昇られた後の、
弟子たちのエルサレムでの日々。

お話を聞いていて私はハッとしました。
彼ら、彼女たちもまた、愛する人を失った人間だったのですね…

そんな中、一同が集まり熱心に捧げられ続けた祈り。
でもその部屋にいたのは、
主をすぐに見捨てた男弟子たちと、最後まで付き従った婦人たちでした。
ここから先生は、「本当に弟子たちは、心を合わせて祈ることが出来たのでしょうか…?」
と問いながら思いを深めてゆきます…

到底受け止めきれない出来事を、
しかし受けとめてゆく歩み。
この矛盾を乗り越えていく唯一のものを
先生のお話からご一緒に聴きましょう。


今、苦しむあなたへ
広田叔弘(日本基督教団梅ヶ丘教会牧師)
毎週土曜更新
「伴侶の死は私の責任」

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