テーゼ?アンチテーゼ?

今回の雨宮神父の「イエスの、ことばの、その根」には、
「テーゼ」と「アンチテーゼ」という用語が出てきます。

辞書で調べてみたのですが、こんな意味とのこと。

・テーゼ
「ある肯定的判断・命題を立てること。また立てられた肯定的判断・命題。」
・アンチテーゼ
「特定の肯定的判断・命題に対して特定の否定的判断・命題を立てること。
また、立てられた否定的判断・命題。」

…何を言ってるんだか正直よくわからないですね(笑)
でも、今回のお話に則して噛み砕いて言えば、
律法という今までの神様への解釈(テーゼ)に対する、
主イエスの新しい考え(アンチテーゼ)という事になる様です。

「しかし、私は言っておく」
と聖書でたびたびおっしゃられる主イエス。

今まで大切にしてきた自分の考え、思いがあるけれども、
やはりこの主の「しかし」という言葉を
注意深く聞いていかなければ、
いつまでも自分のワクの中に閉じ込められたままなのでしょう。

この主の「アンチテーゼ」の中核にあるものは一体何か?
今日は共にその事に耳を傾けたいと思います。


イエスの、ことばの、その根
―雨宮神父の福音書講座

雨宮 慧(カトリック・東京教区司祭、上智大学神学部名誉教授)
毎月第2金曜更新
第6回「兄弟に「ばか」と言う者は」―人を解き放つイエスのアンチテーゼ

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