ありのままからの脱出

キリスト教を、ありのままの罪深い自分が
そのまま神に赦される「ありがたい」宗教だ
などと思わないでください。

そう言われて、えーーーっっっ!!!と思ってしまいました。
自分は、まさにそういう宗教だと思っていたのですけど、違うんですか???

これは、この9月に終了した番組「光、イイススというお方」の中で、
ゲオルギイ松島雄一神父が語られた言葉です。
あまりに衝撃的だったので、今も忘れられません。

でも確かにイエス様は仰るのですよね。
「右の頬を打たれたら左の頬も出しなさい」
「敵を愛し、迫害する者のために祈りなさい」
「あなたがたの父が完全であるように、あなたがたも完全になりなさい」

これはありのままの罪深い自分にはとてもできないことで、
このイエス様の言葉が自分に向けられているのなら、「ありがたい」とはとてもは思えません。

むしろ、ちょっとでも傷つけられたらいつまでも根に持ち続けるのが、
悲しいかな、ありのままの自分です。

でも松島神父は仰るのです。

そのありのままの自分からの脱出
しかも、脱出し続けること
それが、イイススと共に生きる私たちの生き方になったのだと。

その生き方は、敵を愛し、迫害する者のために祈りながら殺された、
あのイイススの姿、あの十字架にこそあると。

すぐにイイススから目を背け、自分の思いの中に留まってしまう私だからこそ
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