番組記事で読む -2008年5月12日更新-
第6回「親を愛せない」

百瀬神父
ご両親に対してイライラして乱暴な言葉遣いをしてしまうというのは、こういう状況の方でしたら、当たり前というか、誰でもそうなってしまうのではないでしょうか。
そしてそういう自分に自責の念を持ってしまうというのはよく分かります。
そのような状態では無理も無いんです。
だからまず、「愛を持たなくてはいけない」とか考えるのではなくて、自分が健康になること、健全になることが先ではないかと思います。
特に心の病を患っておられるとしたら、早く治ろうなんてあせってはいけませんね。
良くなるためには、健全な人との交わりが必要ですし、健全な気晴らしも必要です。
ご質問では「こんな私を、神様はどう思ってらっしゃるのかと思います。」とおっしゃっておられます。
それなら、主イエスの福音に耳を傾けていただきたいと思います。
それは、天のお父様はあなたの痛みを一番良く知ってらっしゃる方なんだということです。
今の試練の意味は私たちには分かりませんけれども、それをお受けする事。ありのままの自分、「こんなはずじゃなかった」と思うような自分を、あえて受け止める事。
そして神様が自分を造って、ここに存在させて、そして愛していること、そのことを喜んで受け止める事ですね。
過去の番組記事を読む
第5回「病気は何かの罰?」(5月5日放送)
まず最初に、病気と宗教とを切り離して考えることが必要だと思います。
病気が罪の結果だとか罰だという考え方を捨てなければいけません。
人間ですから出来る事と出来ない事はあります。
ですから、そういう時には、自分に出来る事を考えて何とか対処するという事が大切だと思います。
そして、そこで下手に宗教を持ってこないことが大切です。
こめかみに青筋を立てながら神様に祈っても、そのお祈りは異常な状態でやっているのですから、ますます自分を疲れさせてしまうかもしれません。
第3回「神に依存したくない」(4月21日放送)
これは多分、日本人に典型的なご質問ではないでしょうか。
漠然と神様を信じるっていうのは、分かる。
しかし、一つの宗教に関わりたくない。
「うっかり関わったら大変なことになる」と思ってしまう。
だから、「ほどほど」に付き合っていけばいいのじゃないかと。
まず最初に私は、「あなたは本当に人間の生きる意味というのを知っていますか、本当に自分の情熱を注いで追い求めたいという価値のある素晴らしいものを見いだしていますか」と質問したいんです。
第1回「救いはキリスト教だけ?」(4月7日放送)
百瀬神父 カトリック教会で言いますと、第二バチカン公会議の中で作られた教会憲章という文章があります。その中で、たとえキリストを知らなくても、その人が自分の心にささやく両親の声に忠実にしたがっている限り、その人は救われるんだっていうことをはっきり表現しています。ですから私は、キリスト教だけに救いがあるという考え方はしていません。
キリスト教の信仰ということをもっと本質的に考えますと、神様は全ての人をお造りになられて、ご自分の命に与らせようと望んでいらっしゃるわけです。だから、全ての人の救いを望んでいると言ってもいいと思います。そのために、神様はイエス・キリストをお遣わしになったのだと信じています。
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