「ずっと砕かれていきたい」

神学生インタビュー・東京聖書学院編

ご出演 : ジョン・ルイス 東京聖書学院インターン生
コーヒーブレイク・インタビュー インタビュアー:長倉崇宣
8月18日放送 毎週土曜夜10時4分より28分間


東京聖書学院に入って4年目、出身はアメリカのコロラド州です。

—クリスチャンホームだったんですか?

母がクリスチャンで、でも私は「自分は本当に信じているのか」と疑いが起こって信仰から離れ、高校も退学し、アルコールとかもやったりして…。で、17歳の時に、ローマ書8章を読んで、自分の罪がイエス・キリストによって赦されていると実感したんです。

「こういうわけで、今や、キリスト・イエスにある者が罪に定められることは決してありません。なぜなら、キリスト・イエスにあるいのちの御霊の律法が、罪と死の律法からあなたを解放したからです。」(ローマ8:1~2)

喜びの涙が溢れてきて、「あっ、大丈夫なんだ、これからも大丈夫なんだ」って。悔い改めの祈りをして、そこから変わった私を見て、父もクリスチャンになりました。

—日本に来ようと思ったきっかけは?

日本のアニメにハマっていたんですが、「ジョン、日本語覚えたの?」と母から言われ、その一言で全く覚えていないことに気付かされました。

そしてちょうど、大学で学んでいたギターを体の痛みで辞めざるを得なくなり、時間に余裕が出来た時でした。日本語の授業を取り、その時に臨時講師だった日本人のクリスチャンの方がとても素晴らしい方で、日本の宣教や教会の様子を知りました。そして日本語サークルで知り合った友人との繋がりから、北海道の旭川にある教会の牧師が英語教室の手伝いを求めていて、大学を辞めて行くことに決めました。

結構反対がありました。けれども、不思議と「行け」という神様の声が聞こえてきたんです。それが2013年です。

—日本にいらしてどうでしたか?

最初はすごく楽しかったです。アニメの世界だ!と思って(笑)。でも、言葉の壁もあって、精神的にきつくなってきた。それこそ楽しいもの、神以外のもので自分を慰めようとしていたんです。私は、宣教師のビザで日本に来ていたんですが、そういう自分のみじめな姿を見つけて、すごく落ち込みました。

そんな時、礼拝堂で奏楽の練習をしていたのですが、疲れきって涙が出てきたんです。そして急に、礼拝堂の中に神様の臨在を感じて、神様の手が私の頭の上に置かれたような、温かい感じがしました。すると、「これはわたしの愛する子、わたしの心に適う者」という声が聞こえてきたんです。イエスが洗礼を受けた時に父なる神から語りかけられた言葉です。このイエスの十字架と復活によって、私にも同じように神から言われているんだと分かりました。自分が罪深い生活をして落ち込んでいるこんな時でも、キリストのゆえに私を「愛する子」と呼ばれたんです。その時の曲のタイトルは、“Trust and Obey”(信頼して従いなさい)。その時までのさまざまな思いが重なって、主が私をさらなる献身に導こうとされていると確信しました。

—神学校ではどんなことを学んでこられましたか?

砕かれなければいけないことです。

大丈夫だと自信を持っていることで、逆に人をつまずかせてしまう。インターン生になると、説教についても、生活についても、痛みを感じることが多くあります。でも、パウロの言葉の通り「神の御心にそった悲しみ」こそ悔い改めを生み出し、人を変える力があるのだと思うんです。だから、痛みながら喜ぶということを学んでます。変な言い方ですけど、ずっと砕かれていきたい。「土の器」のように。だって光はその器が砕かれた時に輝いてくるじゃないですか!

(文責・月刊誌編集部)