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●殉教者ボンヘッファー |
現代人ボンヘッファー/処刑されたボンヘッファー―彼は何をしたのか/「善」か「悪」かという選択が許されなかった時代/ボンヘッファーの最大の問題―「キリストが、いかにして、今日、ここで、我々の間で形をとりたもうか」
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●家庭と生いたち
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優れた父と毋/最上の環境と、それに対する負い目/ベルリンでの才能の開花/ボンヘッファー家とキリスト教
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●神学者としてのデビュー |
神学を志した動機/テューリンゲン大学神学部で/ローマ留学と「教会」の発見/K・バルトの発見とその意味―神学する喜ばしさとある解放の経験―/「信仰」、それは「神の真実」/師ハルナックとの思想的訣別
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●嵐の中へ |
学位論文『聖徒の交り』の特徴/バルセローナで/初めてのニューヨーク行き/ヒットラーの台頭と、その欺瞞性を早くから見抜いていたボンヘッファー/「神学者」から「キリスト者」へ/告白教会への参加と挫折/ロンドンへの逃避
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●共に生きる生活 |
ガンジーへの熱い共感/キング牧師との共通点/著作『キリストに従う』―安価な恵みと高価な恵み/フィンケンヴァルデの牧師研修所所長として/『共に生きる生活』の執筆
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●抵抗運動への決断 |
第二次世界大戦の始まり/二度目のニューヨーク/ドイツへの帰国―『この時代の試練を同胞と共に分かち合う』/反ヒットラー運動の拠点、国防軍情報部の嘱託として/ボンヘッファーの逮捕/『十年後』
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●この人を見よ |
「キリスト教倫理」とは/「倫理」が問われるこの20世紀/天(「神」)だけでもなく、地(「人間・この世」)だけでもなく/イエス・キリストへの集中―イエスの受肉・十字架・復活
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●罪を知ること・罪を告白すること・罪を引き受けること |
キリストと同じ形をとること/聖書に見る罪の悔い改め/罪の告白―解放的な体験/教会の罪責告白/全ての人々の代理としての教会/罪を引き受けるとは―キリストの生き方から学んだ最大の事
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●究極的なものと究極以前のもの |
神のみこころに生きるとは/究極的なもの ―罪人の義認/究極的なものと究極以前のものの関係について/まことの神・まことの人、イエス・キリスト
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●獄中におけるボンヘッファー |
政治犯用の独房へ/獄中生活の様子/詩「私は一体、何者か」/詩「テーゲルの夜の声」/詩「良き力に信実に静かにとり囲まれ、不思議にも守られ慰められて」
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●獄中で深められた思想 |
今日のわれわれにとって、キリスト教とは何であるか、キリスト者とは誰であるか/「宗教」と「聖書の信仰」の違い/「成人した世界」/他者のための生、他者のための教会
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●ボンヘッファーの最期の日々 |
死への旅/復活祭後第一主日の礼拝司式/『これが最後です。私にとっては命のはじまりです』/ボンヘッファーの残したもの/「キリエ・エレイソン」―主よ、憐れみたまえ
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(カセット版にのみ収録)●FEBC敗戦記念日特別
番組『平和を祈り求めて』('86-8-15) |