旧約聖書のこころ第40回

40「成し遂げられる」~動詞ツァーラハ~
イザヤ52:13~53:12

(39「『栄える』~動詞サーハル~」はこちら>>


聴取期限1/14
(約22分)

 

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今回のまとめ

●前回に引き続き、イザヤ書の「苦難のしもべ」の箇所ををとりあつかう。
ツァーラハ:旧約聖書全体で65回用いられている。「成功する」「繁栄させる」などの意味を持つ
●53章1-10節には、「苦難のしもべ」が我々の罪を背負って死んでいくことは神の望みであったという事がはっきりと書かれている。

 

ナガクラさんとナカガワくん

ナカガワ
あまり意識はしていなかったんですけど、こんな構造がこの聖書箇所にはあったんですね。

 

ナガクラ
問題は、なんでこんな構造をしているのかだと思うんだけど、どうかな?

 

ナカガワ
うーん、そうですねえ…

 

ナガクラ
何かを強調したかったんじゃないかな?

 

ナカガワ
構造的には…やっぱり、1-3、7-10節に挟み込まれた4-6節についてになるんですかね…?
真ん中の「苦難」の箇所です。

 

ナガクラ
そうだと思う。
でも、それと同時にやっぱり今回のテーマになっている「成し遂げられる。」という言葉にも目を向けるべきなんじゃないかな。

 

ナカガワ
併せて考えると…
生まれてから、死ぬまで、そしてその中心は苦難…。
で、それこそが、「主の望まれることは、彼の手によって成し遂げられる」事というわけですか…

 

ナガクラ
その構造を捉えつつ考えると、僕には、この預言がまた更にとんでもない事に思えてくるんだよね。

 

ナカガワ
でもよく考えてみたら、イエス様の生涯もまさしくそんな歩みだったわけなんですよね…改めて、この神様の救いのあり方は特別だと感じます…