旧約聖書のこころ第46回

46「軽んずる」~動詞バーザー~
マラキ1:6~14

(45「『断食』~動詞ツゥームと名詞ツォーム」はこちら>>


聴取期限2/25
(約22分)

 

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今回のまとめ

●神殿補修が終わり、神への熱心さを失った民の、祭儀の形骸化が指摘されている。
「バーザー」:旧約聖書で43回用いられている。「軽んずる」「侮る」などの意味を持つ
●マラキは、どのようにして神への信頼をかきたてようか、という事に力を注いだ預言者であると言える

 

ナガクラさんとナカガワくん

ナカガワ
今週の聖書箇所はマラキ1章なんですが、ぜひ、上の図を見てください。こんなに緻密な構成があったとは…

 

ナガクラ
「コンチェントリック」という文章に対称性を置く技法だね。

 

ナカガワ
雨宮神父はマラキがこのように工夫をする人であったという事を語られていましたけれど、「いかに伝えるか」という事も大事だったわけですね。

 

ナガクラ
そうだね…もちろん「いかに」も大事だけど、じゃあこの構成で、マラキは「何を」伝えようとしたんだろう?

 

ナカガワ
そうですね…私達が普段、平気で行っている事がどれだけ酷いことなのか…という警告を受けたように感じました。

 

ナガクラ
「祭儀の形骸化」と言われていたけれど、私達の礼拝や信仰の中で、ついついやってしまうのが、それだよね。それがこの「コンチェントリック」で浮き彫りにされたわけだ。

 

ナカガワ
ここまでしないと、罪に気付く事、気付かせる事、悔い改める事って、出来ないんだなぁと思わされます。