旧約聖書のこころ第47回

47「幸いと呼ぼう」~動詞アーシャール~
マラキ3:13~21

(46「『軽んずる』~動詞バーザー~」はこちら>>


聴取期限3/4
(約22分)

 

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今回のまとめ

●前回からの続きで、預言書のマラキ書を読み進めてゆく
「アーシャール」:「まっすぐに進む」「幸いな人とよぶ」などの意味を持つ言葉
●幸せなものは誰なのか?悪を行う高慢な者なのか、神に従う者なのか、それが問われている。

 

ナガクラさんとナカガワくん

ナカガワ
今回のテーマは、いつも以上に考えさせられますね。

 

ナガクラ
「憎まれっ子世にはばかる」じゃないけど、悪いことをしている人がなぜ成功しているのか?って疑問はいつの世でも共通なんだね。

 

ナカガワ
イスラエルの民は、「正義の神様」を信じていますから尚更ですよね。

 

ナガクラ
でも、神様の力を信じて言っていたはずなのに「神の力はむなしい」と言い出し始めてしまうわけだよね…悪者が現実的には栄えているじゃないか、と。

 

ナカガワ
実は、こんな風に僕も問われることがあるんですよね。
クリスチャンからも、そうでない方からも。「神様って、矛盾してるよね」って。

 

ナガクラ
そういう時って、中川さんはどう答えてるの?

 

ナカガワ
そうですねえ…結局、うまくは答えられないんです。
でも、自分の現実の姿を考えると、「正義」の側に立つことは到底出来ないなあって…

 

ナガクラ
えーと、要するにどういうこと?

 

ナカガワ
自分の人生には、酷いこともあったし、自分で悪いことをしでかしたこともあって…でも、それが自分の人生なんですよね。
むしろそれがあったからこそ、悔い改めたいと感じたし、主イエスに出会った気がしているので…

 

ナガクラ
そっか…簡単に答えが出る話では無いけれど、自分の現実の姿に気付く、気付かされる。結局はそれなんだろうな…。