3月26日更新 |
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信じたいのに…邪魔しているものは何なのか | ||
詩編八六編「主よ、あなたの道をお教えください。わたしはあなたのまことの中を歩みます。御名を畏れ敬うことができるように、一筋の心をわたしにお与えください」(十一節)は、今の私の気持ちでもあります。なかなか一筋の心を持てず、聖書に向かう時、FEBCを聴く時だけはまだましですが、日常生活においてはいろんなことで心を騒がせ、自分で自分を持て余してしまいます。神様を求めている時の自分と、現実の生活の中での自分との振り子の幅の大きさに目を回してしまう…そういう感じです。だからこそ「一筋の心をお与えください」と祈ります。 ヨハネ十三章。イエス様が弟子たちの足を洗われた。いずれ自分を裏切り、見捨てていくとわかっていながら足を洗われたというこの行為にはどんな深い意味があるのか、ガイドを読みながら改めて知ることができたように思います。表面的に読めば単なる奉仕の精神のようですが、「私たちを神の子と見なして永遠の御国へ導いてくださる。その救いを指し示している」ということ。弟子は弟子で、師に自分の汚い足を洗わせるなんて…と気が引けてしまったと思います。でも、すべてをさらけ出し、申し訳ないと思いつつすべてをゆだね、洗い清めてもらえるというこの場面は、信仰の姿勢が示されているようにも感じました。汚い足(自分の罪)を差し出す勇気、すべてをゆだねることの大切さ。そしてそれをすべて受けとめてくださるイエス様の深く広い愛を信じる。 その相互の信頼関係はとても美しく尊いものだと思います。その後に続く「互いに愛し合いなさい」という新しい掟を与えていますが、これが難しいのです。自分の家族に対してですら難しいことで、自分の懐の小ささを情けなく思います。自我を明け渡すことができればどんなに楽かとも思うのですが、なかなか我を捨てきれません。イエスという飛行機になかなか乗れないでいる。乗りたいなぁ〜と思いつつ、ただ飛び立つ飛行機を見送っているだけのような私に「早くいらっしゃい」と手を差し伸べてくださる姿が見えるようです。神様を信じたいのに信じられない。それを邪魔しているものは何なのか、世俗的な欲であり、自我であり、慣習であり、自分の自覚しきれない罪なのだろうか?と思います。私はまだ自分の力でどうにかしなければとジタバタもがいているばかりのようです。自分の力ではどうにもならないと知りながら、それでもまだどうにかしないと、どうにかできるんじゃないかと思ってしまいます。神様の招きに素直に「ハイ」と言える自分に変えられたいと願っています。 | ||
女性 | ||
3月22日更新 |
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イエス様は私にも「地の塩、世の光」と | ||
マタイ五章の山上の垂訓ですが、読めば読むほど複雑な心境になります。自分は柔和ではないし、義に飢え渇いているようでも、その「義」って単なる自分の思う「正しさ」のようにも思えるし、憐れみ深くないし、心が清いなんて言えっこないし、平和は作れてないし、義のために迫害されているとは到底言えないためです。 けれども私は神の憐れみを受けており、主の義によって今既に「神の子ども」と呼ばれているのです。本来なら条件を満たしていないはずの私であるのに。そしてイエス様は続けて、私に向かっても、「あなたがたは地の塩、世の光」と仰せくださいました。なんとも不思議で、かつ恐れ多いことだと感じました。私のような者ー本当に「何の役にも立たず、外に捨てられて踏みつけられるだけ」のはずの私を、光など持ちようもない闇の私を、主は「地の塩、世の光」と呼び、まことに私をそのようにするために、主ご自身が私のうちに住まうことを選んでくださったなんて。あぁこれが福音でなくて何だろうかと思いました。 四五節の「天の父は悪い人にも良い人にも太陽を上らせ…」という御言葉は、かつて、駅の構内に咲いていた水仙の花を見たときに心にふっと湧いてきた御言葉です。冬の陽の中に小さく咲いているのを見て、ああ神様はこの小さい生命も、また罪深い私も、私が傷つけてしまった人も、みんな愛してくださっていて、この冬の陽の中に包んでいてくださるのだなぁとしみじみしたものです。神は私にも陽を上らせ、雨を降らせてくださり、その独り子への信仰(と言うには本当に申し訳ないような私ですが)さえも与えてくださった。 四八節の「あなたがたは、天の父が完全であるように完全でありなさい」というこの御言葉はとても自分でどうにかできるようなものではないなあ!と痛感します。自分を愛してくれる人のことさえ、「完全に」は愛せないと思うからです。ただ、「できない、だからしない」ではなく、「自分にはできないけれど神にはできる」というところに目を上げて、一歩、愛するほうへ歩み出せたら、いや、歩み出したいと思います。 | ||
女性 | ||
3月21日更新 |
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正座して、主に向かって | ||
主の聖名をほめたたえます。 | ||
女性 | ||
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