6月25日更新 |
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| パソコンが壊れて教えられたこと | |
こんにちは。以前、パソコンからメールをし、共に祈っていただいたことを感謝しております。あれから数年が経過いたしましたが、あの時の祈りが神様に答えられたと確信するようになり、とても感謝です。 さて、数ヶ月前、私のパソコンが壊れてしまいました。私は目が全く見えなくて、パソコンは、画面を読み上げるソフトを使って文字を書いたり読んだりしています。今まで文字を読むのは点字でしたから、聖書を持ち運ぶにしても、大量の点字の本を移動させなければなりませんでした。しかし、パソコンを使うことにより、FEBCのホームページを読むことも、聖書のホームページを読むことも、また、多少の制限はあるものの、郵便物を読むこともできます。 パソコンが壊れたということは、私からコミュニケーションの手段を奪ったのと同じでした。画面を読み上げるソフトも使えませんから、とにかく「壊れた」ということに失望していました。 パソコンが壊れて数日が経過して、CDである一曲の讃美を聴いていました。「あなたの御言葉は、わたしの道の光/わたしの歩みを照らす灯。」詩編119編105節。そして、教会に集うある兄弟が言っていたのを思い出しました。「うちの子は、知的に障害があって、普段は言葉は理解できないんですけど、この教会の讃美を聴くと、表情が変わるんです。ですから、讃美のすばらしさが分かります。」 最近、パソコンのメールやホームページに頼って、そのことで自分が満たされているように錯覚していました。パソコンが私の生活に大きな役割を果たしていることに変わりはないのですが、「神の言葉に耳を傾ける」ということの大切さを、この出来事を通して教えられたような気がします。 | ||
男性 | ||
6月19日更新 |
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| 「イエス様のお名前によって…」 | |
信仰を持って以来、祈りというものが当たり前の生活になっていましたが、先日ふと、最後に言うところの「イエス様のお名前によって…」と言うのは、ものすごいことなんだなあと、あらためて思いました。 “イエス様のお名前によって”祈れるということは、イエス様が私のために十字架にかかって血を流して苦しまれて身替わって下さったが故に言える言葉なんだと思って、私の祈りを丸ごと命を懸けて父なる神様に届けてくださっているお方なんだと。だからこそ私の祈りは必ず届いていると思いました。 今頃気が付く愚か者と言われそうですが、本当にそうです。今日も神の手の中に居りたいと思います。 | ||
女性 | ||
6月18日更新 |
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| 聖霊様の存在を知って… | |
ヨハネ16章。信仰を持った後も聖霊の存在についてはあまり深く考えていませんでした。「霊」という言葉がオカルトなどのイメージに直結して違和感がありました。でも、「イエス様がいつも共にいて下さる」という信仰に励まされてきた時、あるいは、何かが起こった時に応じてふと御言葉が心に浮かんで導かれた時、そして、誰かに背中を押されるように新たな奉仕や学びを始めた時、そうした時を重ねることによって、ああ、これが聖霊様のお働きなんだなということがわかってきました。 聖霊の存在を理解するようになると、以前は非現実的に思えたサタンや悪霊の存在も事実として肯定できるようになりました。罪の誘惑に対して「これはサタンの攻撃なんだ」ととらえて対抗しようと努めることは、漠然と自分の中に抱え込んで悩むよりもずっと明快な対処策で、イエス様が荒野で悪魔に対抗された話や、エペソ六章の「神の武具」の話がより身近に理解できるようになりました。 こうした「霊」に関する話は、私の知っている未信者の方にはなかなか最初からお証しするのは難しいです。でも聖霊様が必ず一人一人の心を助けて導いてくださると信じられるのは、自分自身の信仰にとっても、他の方のために祈るにあたっても本当にありがたい恵みだと思います。 2節の「そうすることで自分は神に奉仕しているのだと思う」という箇所で、自分も「キリスト者」という看板の下で独善的な罪を犯していないかと振り返りました。自分の視点からは教会を妨げているように見える兄弟姉妹への批判、裁きの心がその最たるものだと思いました。あるいは、御言葉を理解した時に喜びを超えて驕り高ぶりの気持ちが出てくることもそうだと思いました。そして主の言われる通り、理解どころかまだまだ御教えに無知だからこそ、そのような罪に傾くのだと恥じ入ります。聖霊様の助けによってそのような罪から解放されますように。 18章。主に対する裏切りといわれて思い出すのは、新年に祖母宅を訪れた際に、仏壇の祖父の位牌に向かった時、手を合わせて拝んでしまったことです。非常識な振舞いを見せて祖母を混乱させたくない、母にその場を取り繕う手間をかけたくないと思って無難な行動を取ったつもりでした。今思えば、自分がキリスト者であることを祖母に知ってもらえる貴重なきっかけを逃したのかと悔やまれます。そして私がキリスト者であることを知っている母にも曖昧な態度を見せてしまい、主の証しとなれませんでした。 主を信じていると言いつつ、一方で主の恵みの光をわざと隠すような行いをしていました。でも主の光は、私の小さな裏切りの手で隠れるような弱いものではないですね。祖母にも必ず福音が届きますように、そして私はイエス様に赦していただき、これからも用いていただけますように祈ります。 | ||
女性 | ||
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