
FEBCの無料聖書通信講座「ティールーム」は、
そんなあなたにオススメの聖書通信講座です!
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くわしいご案内は…

◇メールやお手紙のやりとりをしながら聖書を読み進めていく、
FEBCオリジナルの無料聖書通信講座です。
◇テストや添削はありません。締め切りも期限もありません。
◇途中でお休みしても、いつでも、どこからでも、何度でも再開していただけます。
聖書そのものをじっくり、ゆっくり、繰り返し味わうように読んでまいりましょう。

◆ヨハネによる福音書(1回3章・全7回)
◆ルカによる福音書(1回3章・全8回)
◆マタイによる福音書(1回2章・全14回)
どれからでも受講できますが、
「ヨハネ」→「ルカ」→「マタイ」の順をお勧めします。
※複数同時に受講することはできません。 「ヨハネ」、「ルカ」は3章、「マタイ」は2章ずつ、 A4サイズのガイドをお送りします。

1. 聖書そのものをじっくり、ゆっくり、繰り返しお読み下さい。
聖書そのものに真向かうことが大切です。
2. ガイドをお読み下さい。そして次のガイドをお申し込みくださる際に、聖書を読んで感じたこと、気づいたこと、疑問に思ったこと、また、あなたご自身のことなど、どのようなことでもお便りをお寄せ下さい。お返事と一緒に次のガイドをお送り致します。
※メールでご受講の際、お便りは添付ファイルではなく、メール本文でお寄せください。
お申込み方法は…

e-mail@febcjp.comまで
お名前とご希望のガイドをお知らせください。
メールのお返事にてガイドのURLをお知らせいたします。
携帯電話(スマートフォン含む)からお申込みの際は必ず@febcjp.comからのメールを受信できるよう設定をお願いいたします。
お使いの携帯電話がパソコンからのメールを受信しない、あるいは特定のドメインからのメールだけを受信する指定になっていると、FEBCからの返信を受信できません。ご協力をお願いいたします。
設定の仕方は携帯電話によって異なりますので、取扱説明書をご覧になるか携帯電話会社にお問い合わせください。
※お便りは番組等で匿名でご紹介することがございますが、「公開しないで」とお書きくだされば決して公開致しません。
※ご利用には「Adobe Reader」というソフトが必要です。
こちらからダウンロード(無料)してください。
※メールでご受講の際、お便りは添付ファイルではなく、メール本文でお寄せください。
※聖書をお持ちでない方は新約聖書(新共同訳)を400円でお送りします。下記まで400円分の切手をお送りください。
【お申込先】〒180-8691 武蔵野支店 郵便私書箱36号
キリスト教放送局 日本FEBC 聖書通信講座TR係
※テキスト形式のガイドもご用意してありますのでご相談ください。
※年末年始等の連休中は通常よりお返事にお時間がかかる場合がございます。
受講者の声…


マタイ27~28章の十字架の死と復活について読みました。
復活したイエスを疑う人と信じる人がいた。…わたしは本当に信じているのだろうか?そう自問自答しています。イエス・キリストの十字架の死の意味、どうしても、わたしのために死んでくださったとは思えず、遠いところでの出来事としか理解できていません。これから少しずつ、理解していけたらと思います。 (マタイ受講中の女性)
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30歳を過ぎて国家資格を取得し、いろいろな福祉関係の仕事を非正規で点々としてきました。現在、正社員を目指しておりますが、悪戦苦闘し、絶望さえ感じております。これまでの自分の甘さ、「罪」を実感しております。そこで近所の教会に通うことにし、この講座も並行して聖書への理解、できればイエス・キリストを本当に信じるようにできれば幸いです。(ヨハネ受講中の40代男性)
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一人きりの信仰生活で、聖書の手引きも何もなかったので、ヨハネ1章の「はじめに言葉があった。言葉は神と共にあった」の意味がよくわかりませんでした。でもガイドによって「言葉」は「イエス様」であるということがわかると、ヨハネ1章をするすると読んで理解することができました。理解できるようになると、聖書を読むのがとても楽しくなりました。 (ヨハネ受講中の女性)
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「イエス様こそが天国への道である。」
妻が亡くなる前、FEBCスタッフの方から、ヨハネ第14章を読んであげてくださいと助言をいただいたのを思い出します。その時はただ必死で祈っていました。あれから一年経ち、今は文脈からイエス様の姿が見えてくるというか、自分にとってどれだけ救いの章であったかが実感できます。自分が亡くなるときもこの章と共にあれば幸せだと思いました。 (ヨハネ受講中の男性)
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こんなに本気で御言葉を頂き、こんなに本気で自分の心の底を引っ張り出し言い表したことはありませんでした。今まで誰にも訴えることもできず、自分ですらなおざりにしてきた神と私の関係の土台上に教え導きを頂きました。今まで誰ともこれだけの信仰についてのやりとりはしてこなかったし、相手もいなかったのです。
(受講終了した60代女性)
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聖書を読んでも説教を聴いても、神の言葉が私の耳を右から左に通過していきます。
神様が「ほとほと愛想が尽きた」と思っておられるからでしょうか。失敗しない信仰生活をするために、教会を是として、聖書の中に模範的な正解を追い求めたツケなのでしょうか。頭では神に従わなくっちゃと思っていても、心がついていけません。 (マタイ受講中の男性)