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ベンヴェヌート・ティシ・ダ・ガロファロ「聖パウロの回心」

「わかることよりわからない体験の方が大切であったとは!」

今回の「Echo of voices」では、聖書通信講座Tearoom・ヨハネによる福音書を受講してくださっている方からのメールをご紹介いたしました。

わからないと思いながらここまで読んできて、福音書そのものが、「イエスさまがいかにわからない存在だったか」を記録しているのではないか、と感じるようになりました。…わかることよりわからない体験の方が大切であったとは、まさに目からウロコです。

一体なぜこの方は、わかることより、わからない体験の方を大切に思われたのか?
とても不思議なことですよね。
ユニークな喩えをしてくださっていたので、そちらもぜひご紹介したいと思います。

聖書の文章には「伏線」もあり、推理小説のようです。それを「ネタバレ」の後を知った頭で読むと、わからなかった事が見えなくなる。だから、その場のユダヤ人の気持ちになって、身を委ねる気持ちで読んでみようと思わされてきました。わからないことを体験させるのが聖霊のわざではないかと思わされます。

確かに言われてみれば、
推理小説の犯人を知ることと、小説を読むことって全く違いますよね。
でも実は私達って、聖書を読む時にそういう混同をしがちかもしれません。

神様の愛、十字架、復活。…
そういったものをわかりきったものとして聞いてしまう。
それゆえ私達の生活にはりめぐらされた「伏線」にも気づかないまま…

聖書を今一度、新しく体験するために。
わからないことの恵みを、ぜひご一緒に放送を通しても
味わっていただけましたら幸いです。

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