4-02:リスナーの声

神様は私を赦してくださったのに、自分は…?

最近、同僚にきつく当たってしまうことが多く自己嫌悪に陥っています。

私は昔から「正義感が強い」と言われていますが、その分、他人に対しても「間違っている」と思ったことは許すことができない性格。自分も完璧ではないことはわかっているのに…。

こんな私を神様は赦してくださっているのに、自分は?と考えると…。

番組「恵子の郵便ポスト」6/11より
放送を聴く>>


人が生き、死ぬって、一体何だろう

先日、義父を看取りました。急にストンと亡くなりました。

死にゆく義父を見て、人が生き、死ぬって、一体何なんだろうと思ってしまいました。
私もこうやって死ぬのかな、今悩んでるのって何なんだろう…と。

クリスチャンのくせに、神様への希望ではなく虚しさを感じてしまう私は、本当は神様を信じていないのかも…。

番組「恵子の郵便ポスト」5/28より
放送を聴く>>


「信じます」と言えるかどうか…

Tea Roomヨハネ福音書を受講の方より

ヨハネ10〜12章を拝読し、読めば読むほど信じることと愛することの難しさを感じました。

11章25節「わたしは復活であり、命である。わたしを信じる者は、死んでも生きる。…このことを信じるか。」と言われても、マリアのように「信じます」と言えるかどうか…。

番組「恵子の郵便ポスト」5/16より
放送を聴く>>


沈黙もまた恵みなのだと

Tea Roomマタイ福音書を受講の方より

マタイ27章。「十字架につけろ」と叫び続ける人々。
この光景が、今ウクライナやパレスチナなどで起きていることと重なります。
私は正しい。私こそが正しい。
そうやって神様からどんどん遠ざかって行く生き方を私たちは選んでしまっているのですね。
その中で、何の反論もせず、沈黙を貫かれるイエス様。
このお方が私たちの罪をすべて背負ってくださったから、私にも希望があるのだと…。

と、ここまで書いてふと気づかされたことがあります。
沈黙もまた恵みなのだと。

番組「恵子の郵便ポスト」5/9より
放送を聴く>>