
「主イエスは私たちに何を問うているのか―ふたりの戦争体験者の証言から」
戦後80年をむかえる2025年。今回のFEBC特別番組では、
当時実際に第二次世界大戦に従軍した教職者の方の貴重な証言を改めてお届けしています。
クリスチャンの自分が殺人行為に参加することに対し、自分で考え出した理屈はこうでした。「戦争で皆が苦労している時、共に苦しむ道を選ぶことが信仰者として当然だ」と。
日本キリスト教会の教師となる前、22歳の時に学徒出陣で海軍に入った渡辺信夫先生。
このような考え方で自分自身を納得させていたものの、
戦争に派遣された最初の朝に気付かされたことが…
「自分が納得できたから死んでいい」とは、実に勝手なことだとハッと気づいたのです。 戦争の実際では、抵抗出来ないほどにめちゃくちゃに発砲されて、無意味な死を遂げる他ありません。それを分かっていながら、戦争で死ぬことの意味付けをした。それは自分の愚かさ故です。神に逆らうことだと分かっていたはずが、意味の無いことを真に受けたのです。
「意味の無いことを真に受けた」
大変に、生々しい言葉であると感じます。
誰もがいのちを大切にすべきだと知っているはずなのに、
世の中の大きな力によってその事をいとも簡単に忘れさせられてしまう私達。
ときに聖書の言葉を用いてまで、殺し合いなどという、
途方もなく虚しく、理解し難いはずの事に染まっていってしまうからです。
キリストが「わたしの教会をわたしが建てる」と仰ったところに立ち返っていく他ありません。「我々の教会を我々が建てる」では「キリストの教会」でないものになってしまう。
現にそうなっていませんか?
日本の教会は「教会の一番大事」が分からなくなっている、とも語られる渡辺先生。
未だ大きな痛みを抱え、そして新たな歪みに軋みはじめているこの社会で、
今こそ、主イエスが私達ひとりひとりに問うている事を、共にお聞きしたいと願います。
